第4章 来客
“看病お願い”って言われても……コイツ寝てるだけだし、熱があるわけでもないし。
ちょっと放っておくか。
俺は部屋を出て、階下に降りる。
ロビーの掃除をしているアオネさんが俺に気付いて、作業の手を止めた。
アオネさんもあの人の事を心配してたから、今の状態を報告する。
アオネさんの表情が少しだけ柔らかくなった。
「アオネさん、2階って掃除した?」
アオネさんは首を横に振った。
「わかった。じゃあ俺、2階の掃除してくるね」
アオネさんは頷いた。
掃除道具を持って、2階廊下の掃除を始める。
箒でフローリングの床を掃いていると、視界の端に何か見えた。
ゆっくりそちらを見ると、壁に小さな虫がいた。ハエ、かな?
叩こうと箒を振りかぶった時、ハエの目が俺を見た気がした。虫の目って集合体になってるから、俺を見るなんてあり得ないけど、なぜかそう思った。
とにかく気味が悪いから、ハエに向かって箒を振り下ろすと、飛んだ。
ハエが俺の右側に逃げて、巨大化した。2階の廊下を半分くらい塞ぐ。
赤い集合体の目が俺を歪に映す。細かい毛が生えた口と鋭い牙。一気に耳に届く嫌な羽音。
俺は箒を振り下ろした状態で硬直した。
羽音を全身で聴きながら、俺の膝が微かに笑い出す。
死の恐怖。
忘れかけていた感情が湧き上がる。
赤い集合体に釘つけになった。ゆっくり近付いてくる。
俺は、俺は
ここで死ぬのか……?
「だああああああああああ!!!」
気が付いたら箒の柄をハエの眉間に突き立てていた。
緑の液体が飛び散る。
(……まだ、入る!)
箒を持つ手に力を加える。ズブズブ言いながら刺し込まれていく。
「うああああああああ!!!」
細い緑の噴水を頭から被りながら、箒を捻る。
ハエは、でかいまま息絶えた。眉間に箒を刺して。