第26章 翡翠の誘惑
……オルオの馬鹿、馬鹿、馬鹿~!
「……ペトラは…、大丈夫か?」
逃げるように去ったオルオのことを心の中で盛大に馬鹿と連呼していたマヤは、リヴァイの声を危うく聞きもらすところだった。
「えっ、あ…、はい。よく眠ってます」
「……そうか。お前らがいて… 良かった」
リヴァイがソーサーに置いたティーカップが、かすかにカチャリと音を立てた。
「オルオとマヤ…、お前らがいるから、ペトラはきっと眠れる」
「はい…」
ペトラの気持ちの根っこのところで支えになれるなら、ペトラが安心して眠れるなら…、なんだってする。
マヤが強くそう思っていると。
「せっかく王都に来たってのに、ろくでもねぇ二日間だったな…」
「ええ、まぁ…」
……兵長に気を遣わせてる…!
先ほどからリヴァイが、ぽつりぽつりとまるで独り言のようにかけてくる言葉は部下を気遣うものだったが、マヤは恐縮してしまった。
……あんまり心配をかけちゃ駄目だわ。ちゃんと大丈夫だって伝えないと!
「……確かに大変な二日間だったけど、ペトラも私も大丈夫ですよ? 今こうやって帰路につく船の中で思い起こすと、なんだかもう舞踏会の招待が来た日が遠い昔みたいというか…、あれ… 何日前でしたっけ?」
「三日前… だな」
「たった三日…」
……そしてその前の日が兵長とデートした日…。
まだ数日しか経っていないのに、そのあいだにあまりにもたくさんの出来事が起こってしまった。
兵長とデートしたというのに。二人でヘルネまで行って、紅茶を飲んだり食事をしたり、景色を眺めたり、たくさん話をして確実に距離が近くなったのに。
デートの次の日に舞踏会の指名招待がペトラに来て、その付き添いで一緒にドレスを作ったりしていると訓練も執務の手伝いもなく、すっかり日常から遠ざかってしまった。
今、こうして久しぶりにリヴァイ兵長と二人きりで向かい合っていると、自身の恋心に初めて気づいたときのように胸がドキドキして、何を話せばいいかもわからない。
……デートした日、どうやって会話したんだっけ…?