第26章 翡翠の誘惑
リヴァイがマヤをめぐってレイモンド卿と厄介な関係になったことを自覚したころ、馬車はバルネフェルト家の門を通り過ぎた。門衛所の前で直立不動で待ち構えていた門衛は、馬車が通過したあとに素早く鉄製の門を閉める。
ゴトゴトゴトゴト… ゴトゴトゴトゴト…。
門を通過後、馬車は森を進む。森は暗く広大だが、馬車道が整備されていた。そこだけは月明かりに照らされていて思いのほか明るい。
レイが “だだっ広い森” と表現しただけあって、一向に屋敷に到着しない。
……本当にこの先にお屋敷があるのかしら?
マヤが心配になったころにやっと、煌々とした明かりが見えてきた。
「あっ…」
森を抜けると、王都の中心部の一番にぎやかな界隈に瞬間移動でもしたのだろうかと勘違いするほどの、明るい屋敷がそびえ立っていた。
マヤが思わず感嘆の声をもらしたのも無理はない。
兵舎の何倍も、いや何十倍もあるかのような巨大な屋敷。屋根も壁も窓も扉も、すべてに見たこともないような彫刻がほどこされた贅沢な建築物。
……王宮みたい…。
マヤはフリッツ王の住まう宮殿を見たことはないが、きっと今、目の前に光り輝いて建っているこの屋敷のように豪華絢爛に違いないと思った。
馬車がとまる。
……誰もいない…?
先ほど通過した門では、四人もの門衛がいた。門でその人数ならさぞかし屋敷では、たくさんの使用人がずらっと待ち構えているのかと予想していたが。
今、二両の馬車から調査兵団の五人とレイがおりても、誰一人待ってはいなかった。
……いなくてもいいんだけど、なんか変な感じ…。
マヤの心の声が聞こえたかのように、レイが耳元でささやく。
「急な客だし、もう夜も遅いからな。最低限の出迎えしかできねぇが、勘弁してくれ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに大きな扉が音もなくひらいた。
あふれる光の洪水。ずらっと左右に列をなして頭を下げている執事とメイドたち。その数ざっと二十人あまり。
「ようこそお越しくださいました」
執事長と思われる物腰の落ち着いた年配の男性が一歩進み出た。