第26章 翡翠の誘惑
月明かりのテラス? 二人きりで?
……はったりかもしれねぇ。
すぐにマヤに確認を取れば、どうやら二人きりで過ごしたのは本当らしい。
レイモンド卿は、一体どういうつもりでマヤと…?
そもそも色恋沙汰には興味がなかったはずだ。
これまでに何度も、レイモンド卿とは夜会で顔を合わせている。
バルネフェルト公爵とエルヴィンは特に気が合うらしく、熱心に夜を徹して話しこんでいることもたびたびあった。
俺はそこまでバルネフェルト公爵やらロンダルギア侯爵に思い入れはねぇが、腐った貴族社会のど真ん中に君臨するにしてはめっぽうまともなやつらだな… くらいには思っている。
その息子たちも然り。
大貴族のボンボンにしては気取ったところもなく、酒場で隣に座って夜が更けていっても悪くねぇと思うくらいには信用していた。
だから今日、突然エルヴィンに “レイモンド卿が給仕に変装してアトラス卿と一芝居を打つらしい” と聞かされたときには、喜んで自分の仕事を果たそうとナイルを呼びに馬を走らせた。
そこまではいい。
あのとき、カインの暴行現場の部屋でマヤにひざまずき靴を履かせようとしていたレイモンド卿が見せた笑顔。やわらかく紳士的に笑いながらもその瞳だけは、あの誰もが一度目にしたら忘れられない印象的な翡翠色に輝くあの瞳だけは、マヤを奪おうとしていた。狩る者の強い光。
どこへ顔を出しても黄色い声が飛び、女性に追い回されて、うんざりしていたレイモンド卿が見せた初めての、女を欲する男の顔。
あんな顔は初めて目にした。
色恋沙汰を疎むレイモンド卿だったのに、間違いなくマヤを狙っている。
不用心に男と二人になったマヤに注意をしていたら、レイモンド卿が茶々を入れてきた。
「へぇ…。オレのこと信用してくれてんのか、兵士長」
その翡翠の瞳は、挑戦的な色を放っていた。
先に火蓋を切ったのは向こうだ。
受けて立つ。
「貴族のなかでも多少はマシだと思っていたがな、レイモンド卿。その考えはあらためさせてもらう」
突如として今、この馬車の中で、レイモンド卿は恋敵になった。