第26章 翡翠の誘惑
現場は憲兵の指揮下に入った。
マヤの裸足と、レイモンド卿が靴を持っていたことの謎が解けないまま時は流れていく。
屋敷内は主の連行により混乱におちいり、頼みにしていた今宵の宿泊はもう期待できない。
エルヴィンと二人、王都中心部の宿に当たってみようかと話していたところへレイモンド卿がやってきて、バルネフェルト家に泊まればいいと軽やかに笑う。
「団長の手回しには助けられたからな。伯爵が憲兵団地区長を買収していると言い出したときは厄介なことになったと思ったものだが、まさか師団長を呼んでいたとは…。協力してくれとは頼んだが、予想を上回る尽力で参ったぜ。伯爵が “自分はできる男だ、周到にポイントは押さえてある!” などと抜かしていやがったが、本当にできる男ってのは団長、あんたみたいな男を言うんだろうな!」
レイモンド卿はささやかな礼だ、遠慮せずに泊まってくれと再び上機嫌で笑った。
マヤの靴の件は少々ひっかかってはいたが、とりあえずは一宿の恩義がある。マヤのことは、ひとまず忘れようと考えていたところへ…。
レイモンド卿が手配した馬車に乗りこむときのことだ。
マヤと二人で乗りこみ、扉を閉めようとしている。
……は?
なにを二人きりになろうとしているんだ。
そんなことは俺が許さねぇ。
にこやかに乗車拒否をするレイモンド卿のことは完全に無視して、馬車に乗りこむ。
ほどなくしてレイモンド卿が口をひらいた。
「オレとマヤは初対面じゃねぇ」
「……あ?」
次の言葉はまるで宣戦布告のように俺の鼓膜に突き刺さった。
「月明かりのテラスで語ったからな… 二人きりで」