第26章 翡翠の誘惑
その後数分ものあいだ、車内はゴトゴトという振動だけが占めていたが。
「マヤ、疲れただろう? 屋敷にはじきに着く」
とうとうレイが口をひらいた。
「はい、知ってます。行きがけに通りましたから。屋敷というよりは塀の向こうの木しか見えなかったけど…」
マヤはある意味ほっとした。
レイと二人きりになっていたことでリヴァイに叱られて、その件でレイとリヴァイの間に流れる空気が不穏なものに変わって。
気まずい沈黙が馬車の振動で増幅されているような感覚にとらわれて、居心地が悪くて仕方がなかった。
……これだったら何か… なんでもいいから会話がある方が気が紛れるわ。
そう思って口早に言葉を返したのだった。
「あぁ、だだっ広い森があるからな」
会話が成立した。
マヤはますますほっとして、話をつづける。
「公園を開放していると聞きました。立派ですよね」
「親父がな…」
ぼそっとレイはつぶやいて窓の外に視線を向けたが、すぐにまた口をひらいた。
「マヤ、腹が減ったんじゃねぇか? なんでも作らせるから遠慮なく食いたいもんを言え」
「はい…」
マヤは返事をしたものの、無性に居心地が悪くなってきた。
……別にレイさんは嫌なことを言っている訳ではないのに。気まずい沈黙がいたたまれなくてレイさんとの会話を望んだのに… どうして?
その理由は、実はマヤにはわかっている。
真横に座るリヴァイから、どす黒い負のオーラが漂ってきていた。
乗りこんできたときから機嫌が悪そうで。
レイと一触即発の状態になってからは。
馬車が揺れ、レイがマヤに話しかけるたびに、特には何も言わないが睨んでいる。
まだ何か直接自分に文句を言われた方が、マヤはマシな気がしてくる。