第26章 翡翠の誘惑
「おい」
リヴァイはレイではなく、隣に座っているマヤに対して凍えた声を放った。
「一体どういうことだ」
「そんな大したことじゃないんです。レイさんにはお水をずっと運んでもらって親切にしていただいたので、テラスで見かけたときにお礼を言って、少し話しただけです。別に何もないです」
「……二人きりというのは本当か」
……どうしよう…。
隣から飛んでくる冷たい声が、心臓に刺さる。
……兵長、怒ってる…。
気をつけろと言われていたのに、レイさんと二人きりになったから。
あのとき直感で、レイさんはいい人、変なことをする人ではないと勝手に決めつけて安心していたが、ペトラとカインの一件がある。カインは少々信用ならない、いけ好かない雰囲気をかもし出してはいたが、あのような拘束して暴行を働く風には見えなかった。暴力をふるいたかった訳ではなく、絵を描くためだったとはいえ… 理由は関係ない。暴行は暴行。それを見抜けなかったのだ。
……だからレイさんだって、二人きりになった途端に豹変して、襲ってきた可能性は十分にあるのよ…。
マヤが内省していると、リヴァイがさらに冷ややかな声を出した。
「気をつけろと言っただろうが。相手がレイモンド卿だったから何もなかっただけで…」
「へぇ…。オレのこと信用してくれてんのか、兵士長」
真剣にマヤの身を案じて話をしていたところへ、レイに茶々を入れられてリヴァイはじろりと睨んだ。
「貴族のなかでも多少はマシだと思っていたがな、レイモンド卿。その考えはあらためさせてもらう」
人類最強とうたわれている男の鋭い視線を一身に受けながら、レイは確信に至った。
……マヤに危機感を持てと注意していたのはリヴァイ兵士長で、オレのライバル。
やれやれ、厄介だな。
とりあえず、おっかねぇし。
視線だけで人を殺せるんじゃねぇの。