第26章 翡翠の誘惑
……えっ?
軽い口調のレイに、マヤは少なからずムッとする。
この人はペトラがされていたことを目撃していたはずなのに、そんな簡単に忘れろとか…。
この人とは話が噛み合わない。
マヤがそう思ったとき、レイが話をつづけた。
「このドレスはオレが引き取る。事件を思い出すなら、ディオールにリメイクさせる。マヤの言うように “せっかくの” ドレスなんだ。あのエステルが手掛けたってのに、このままお蔵入りにさせてたまるか。着たくないってんなら、それはそれで別にかまわねぇ。うちのミュージアムに飾っておくから」
「「ミュージアム?」」
聞き慣れない単語に、マヤとペトラの声が揃う。
「ドレスやら宝飾品やら武具に食器になんだって飾る専用の館があるんだよ」
「「……そうですか…」」
なんだか規模が壮大で、想像すらできない。
「だから安心しろ。エステルのドレスは無駄にしねぇ。お前らが着たいならリメイクしてやるし、嫌ならミュージアムで保管する。もちろんそれとは別にドレスは仕立ててやる。兵舎の自室に置けねぇなら、オレの屋敷に置けばいい。何も心配はいらねぇから来いよ、いいな?」
「マヤ…」
ペトラが隣でささやく。
「ここまでしてくれるなんて、ありがたい話だね」
「うん…」
マヤの顔は浮かない。
「レイさん… 気遣ってくださって、ありがとうございます」
「礼には及ばねぇよ」
「ドレスのことは、とりあえずは引き取っていただけたら助かります。でも新しく仕立ててもらわなくても結構です」
「は?」
レイの顔が厳しくなる。
「団長に任務で舞踏会に行けと命じられたら、兵服で参加します。先ほどはドレスがないからと言ったけど、私が間違っていました。私たち調査兵は、兵服が正装です」
「あっ、だから団長も兵長もオルオも兵服のままなんだ!」
ペトラが今さらながら気づいた。
「可愛げのねぇ女だな…」
レイがぼやく。
「親切に言ってくださってるのに申し訳ないとは思いますけど、レイさんに、そこまでしていただく訳にはいかないですから」
マヤはまっすぐにレイの翡翠色の瞳を見据えて言いきった。