第26章 翡翠の誘惑
「……なんでだよ」
少し掠れているレイの声は、明らかにすねている。
「今回は団長に対して伯爵から招待があったんです。ペトラを名指しで、ドレスも作ると…。訳がわからなかったけど、いわば任務でした。でも任務じゃなくて、普通にレイさんが招待してくださっても、休暇は取れないだろうし、王都に行くお金だってないもの…。すみません」
申し訳なさそうに頭を下げたマヤに、レイは大笑いをした。
「クソ真面目かよ!」
腹をかかえて、ひとしきり笑ってから。
「そんなもん、どうとでもなる。エルヴィン団長に正式に申しこめばいいんだな。それから金の心配なんかするな」
「でも…!」
「でもじゃねぇ! ペトラ!」
「は、はい!」
急に名を呼ばれて、ペトラは飛び上がった。
「ペトラはオレが招待したら来てくれるだろう?」
「はい、もちろん…!」
ほぼ条件反射で答えてしまうペトラ。
「ならマヤの首根っこ掴んででも連れてこい、いいな?」
「了解」
無茶な命令に応じるペトラ。
「ちょっとペトラ! 駄目よ、そんな勝手に」
「なんで? 別にいいじゃん。マヤは団長さえ許可してくれたらいいんでしょ?」
「まぁ… そうだけど…」
マヤの歯切れが悪くなる。
「だってペトラ、招待されたってどうするの? ドレスだってないのよ?」
「あっ…、そうか…」
二人の会話を聞きつけて、レイは割って入った。
「ドレス? これは?」
吊るされているドレスに視線を投げる。
「あのエステルのドレスだ。いいドレスだよな」
「ええ、素敵なドレスです。エステルさんたちが縫ってくれたんですもの…。でも、もう着ることはないです」
「は?」
「これは伯爵があつらえたのだから、私たちのものではありません。もし伯爵が私たちに贈ってくださったとしても、兵舎の自室に置いておけません。それに…」
マヤはペトラの顔を見て “話してもいい?” と確認する。言葉は交わさなくても、もう目と目で会話ができるのだ。ペトラは “いいよ” とうなずいた。
「それに… こんなことがあったんです。せっかくのドレスだけど、着れば思い出してしまうから…」
「あぁ、なるほどな! 気持ちはわからないでもねぇけど、いつまでも抱えるもんでもねぇだろ。忘れろよ」