第26章 翡翠の誘惑
「……それは忘れてください…」
貴族の屋敷で裸足で走ったことが思い出されて、マヤは赤面した。
もちろん大切なペトラのピンチだったのであるから、裸足どころか裸にならないと助けられないなら裸にだってなる覚悟はある。
だがもう今は、事件も解決している。
わざわざ裸足になったことにふれられて、恥ずかしくなってしまったのだ。
「恥ずかしがることはねぇだろ。ペトラのために走ったんだ。かっこよかったぜ?」
「………」
今度は恥ずかしさというよりも、レイにストレートに褒められたことへの照れくささから、マヤは頬を染めて下を向いた。
「マヤ! だから裸足だったんだね!」
ペトラが小突いてくる。
「不思議だったんだよね。なんで裸足? なんで靴をレイさんがって」
グロブナー伯爵とカインが連行され、ナイルの指揮によって憲兵たちがてきぱきと働き始めたとき。
ベッドの上にいるペトラとマヤのところへ、レイがすっと近づいてきた。
そして懐からパンプスを取り出すと、マヤに履かせようとしたのだ。
マヤは無論 “大丈夫です! 自分で履けますから!” と断っていたが。
「ペトラの声が聞こえてきて廊下を走ったんだけど、パンプスだと速く走れなくて…」
「そうなんだ。ありがと、マヤ!」
「うん」
手を取り合って笑っているペトラとマヤを見て、レイは微笑ましく思った。
「……仲いいんだな。せっかく舞踏会に出席したのに残念だったな。そうだ、懲りずにまた来いよ… オレが招待してやるから」
「いえ… それは無理です」
当然喜んで “はい、また来ます” とでも言ってもらえるに違いないと考えていたレイは、マヤのつれない返事に驚きを隠せない。
……こいつまた、オレの誘いを断りやがった。
あの月明かりのテラスで踊るか? と誘ったときも、ものすごい勢いで拒絶されたのだ。
断られることなど… ましてや女性に断られることは今までの人生で一度もなかったレイには、それが新鮮でたまらない。