第26章 翡翠の誘惑
「そうだね。もう着ることはないよね…」
マヤはペトラに同調したが、ふっとある人々の顔が浮かんできた。
それはオートクチュールの仕立屋 “ディオール” のエステルにジャド、クリス。そして王都の本店から応援に駆けつけたお針子さんたち。
目の色を変えて、それこそ命懸けでドレスを縫ったことを知っている。
ドレスを作る動機は許されないものだけど、心をこめて仕立て上げてくれたディオールの人たちの熱意の結果であるドレスが、こんな形でもう袖を通されずに放置されるのかと思えば… 心苦しい。
「でも残念だな…。エステルさんたちがあんなに必死で縫ってくれたのに…」
淋しそうにつぶやいたマヤに、ペトラもうなずいた。
「そう言われたらそうだよね。ドレスに罪はないもんね」
「でしょう? でもこんなことがあったから、もう着られないっていうのもあるし、それに…」
口ごもるマヤ。
「それに… 何?」
「うん。持って帰るとして、どうやって運ぶの? って思うし、運べたところで、こんな大きなドレス、クローゼットに入らない気がするのよ…」
視線の先にはハンガーにかかっている、かさ高いドレス。
「ほんとだね! めっちゃ場所を取ってる。特にマヤのドレスはスカートの裾も広がってるしね。運ぶのはオルオにやらせるとして、確かに部屋のクローゼットに入らないわ」
「やっぱりそうだよね!」
ペトラが同調してくれたことが嬉しくて、思わず声が弾んだマヤ。
ちょうどそのとき。
コンコン。
ノックの音が響いた。
「「はい!」」
反射的に声を揃えて、ノック音に返事をする。
「オレだけど… 着替え終わった?」
レイの声だ。
「はい、終わってます」
「じゃあ入るけどいいな?」
返事をする間もなく、扉が大きくひらいてレイが姿を現した。