第26章 翡翠の誘惑
「……どういうこと?」
「続編ではヒロインが襲われるシーンがあるらしくって、その顔をどうしても描けないんだって。だからそのために私を…」
気丈にカインとの間に起こったことを話していたペトラだったが、さすがに言葉を詰まらせた。
「うん…」
そっとペトラの肩に手を置いた。マヤも胸が苦しくなる。
「ありがと…。ほんとに、ほんとに来てくれて」
その手に自身の手を重ねてペトラは涙ぐんだ。
「当たり前よ。これからだってペトラのピンチには絶対駆けつけるから!」
「私もよ! 私もマヤのためだったら何があっても!」
二人はしばらくの間、手を握って互いの気持ちを確かめ合った。
「マヤ、このドレス… どうなるのかな?」
ハンガーにかけて吊るしてあるドレスを見ながら、ペトラがぽつりと言葉をこぼす。
二人は完全に兵服に着替え終わって、部屋の隅に置かれているベルベットのソファに腰をかけていた。着替えたのだから速やかに応接間に出ていかなくてはならないのだが、どうしてもそういう気分になれないのだ。
今さらながら疲れがどっと出てくる感じに襲われて、脱力したままソファに座りこんでいた。
「そうね…。伯爵が作ったんだから、ここに置いておくんじゃない?」
マヤは少し考えてから、そう答えた。
「でもさ、うちらのサイズに合わせて作ったんだから、ここに置いといても仕方なくない?」
「それもそうね…」
「かといって、今後このドレスを着たいかと言われると着たくないし…」
ペトラは複雑な表情を見せる。
花嫁姿の小説の主人公がレイプされるシーンを描くために仕立てられた純白のドレス。
もう一度、袖を通すなんてことは考えられない。