第26章 翡翠の誘惑
「ところでマヤ!」
顔を赤くしていることから話題を変えようとするかのように、ペトラは大きな声を出した。
「なぁに?」
「カインが私を理想だとかなんとか言って今回舞踏会に呼び出したのってね…」
「うん…」
マヤは少し緊張する。
カインがペトラのことを見初めた理由はすでにエルヴィン団長が訊き出していた。たまたま壁外調査の出発前に居合わせてペトラを見かけたということだったが。
本当にそうなのだろうか?
王都の貴族が “たまたま” トロスト区に居合わせることがあるのだろうか?
胸の奥でどこか疑問に思っていた。
「あいつ、画家だったの」
「あぁ、うん。なんか言ってたよね? 描くためにランプをいっぱい置いてるって…」
マヤはカインが絵のためにランプを配置したとかなんとか言っていたことを思い出す。
「違うの!」
「え?」
「いや、違わなくないけど。画家なんだけど、普通の画家じゃなくって、あの、ほら! マヤの読んでた本の画家!」
「ええっ!」
「ほら、タイトルなんだっけ? ヒロインが私に似てるってマヤが言ってた…!」
「えええっ!?」
マヤは驚きで先ほどから “え” しか発音していない。
「 “恋と嘘の成れの果て” !?」
「そう、それ! タイトルが思い出せなくてさ」
「本当に?」
「うん。その本の挿絵を描くことになったいきさつも話してくれたもん」
ペトラはかいつまんで、そのいきさつを話した。そしてファンレターが届いて、カインの描くアンによく似たペトラの存在を知ったことも。
「……そんなことって…」
いつだったか夜の自室でペトラと話題にした。恋嘘の主人公のアンがペトラに似ていること。その挿絵を描いた画家も、まさかこの世にこんなにも似ている人がいるなんて思ってもいないだろうね… と。
「……信じられない。そんなことってあるんだね…」
「だよね! それでさ、本の続編があるらしくて…」
「あぁ、うん。発売が延期になってるの」
マヤは “発売延期の理由は発表されてないんだよね” と少々イライラしながら話してくれたニファの顔を思い出した。
「その理由はカインのせいだったのよ」