第26章 翡翠の誘惑
「あはは…。伯爵のことはパパだもん、お母さんをママと呼ぶのは当たり前といえば当たり前だけどね」
ペトラは鼻に皺を寄せて嫌悪感を表した。
「そうだけどさ、いい大人が馬鹿みたい!」
その後、兵服に着替えながら順を追って何が起こったかを話した。
拘束されて、頬を叩かれて、舐められて。
「ペトラ…」
実際にペトラがカインにされたことを聞いてみると、おぞましくて、辛くて、悲しくて。
マヤは何か言葉をかけようとするが、なかなか出てこない。
「マヤ、そんな顔しないで! もう大丈夫だから。叩かれたときは痛かったし頬を舐められたときは怖かったけど、それで済んで良かったと思ってる。ファーストキスは無事だったしね!」
ペトラは自身のくちびるを指さして、悪戯っぽく笑った。
「こうやって話せるのも、マヤとオルオが駆けつけてくれたおかげ!」
……ペトラが笑ってる。
決して無理をしている感じではなく、本当に大丈夫な心からの笑顔。
ほっと胸を撫で下ろして、マヤは笑い返した。
「うん。ペトラのファーストキスが守られて良かった!」
「だよね! あんなパパ野郎に奪われてたら大変なところだった!」
「ふふ、もうペトラったら!」
マヤは声を出して笑った。
なぜなら。
「その “パパ野郎” ってね、オルオも言ってたよ!」
「え~、そうだっけ? オルオは “キザ野郎” じゃなかった?」
「“キザ野郎” も言ってた気がするけど、“パパ野郎” は絶対言ってたよ。オルオと気が合うね」
マヤが悪戯っぽく微笑むと、ペトラは眉を寄せた。
「やめてよ~! オルオと気なんか合わない!」
そう叫んだが。
「……けど、ちょっと見直したかも。オルオのこと…」
めずらしく、もじもじと下を向いている。
「ペトラ、顔が赤くなってるよ?」
「なってない! なってないから!」
そう抗議するペトラの顔は間違いなく真っ赤になっていた。