第26章 翡翠の誘惑
マヤはドキッとする。
あの部屋に飛びこんだときに目にした光景。異常な数のランプ。明るすぎる光の中に浮かび上がる豪勢な天蓋付きベッド。組み敷かれていたペトラの両腕は、頭上で手錠により拘束されていた。声にならない叫びを発していた口には白い布が詰めこまれて。
オルオがペトラに覆いかぶさっていたカインを殴り倒したあとにすかさずベッドに上がって、ペトラの口から布を取り、手錠を外した。
苦しそうな息の下でマヤ、マヤと泣きじゃくりながら、自身にすがりついてきたペトラの身体が小刻みに震えていたことを決して忘れないと思う。
寄り添っていくうちに、徐々に落ち着きを取り戻していったけれども、一体ペトラに何があったのか、何をされたのか。癒えたのだろうか、傷は。
心の傷、身体の傷…。
心配でたまらないけれども、どこまで訊いていいのだろう。
大切な友だからこそ、ペトラの心を、気持ちを優先したい。
誰だってすべてを聞いてほしいときと、ふれてほしくないときと。
……そういうのがあると思うの。
マヤは、どういう風に切り出せばいいか悩んでいた。
そこへ、ペトラからの “マヤとオルオが来てくれなかったら、やばかった” という言葉。
ふれてほしくない話題ならば、こんなことは言わないはず。
マヤの心は決まった。
ペトラと一緒に向き合って、共有しよう。
「ペトラ、何があったの?」
「聞いて聞いて! ひどい目に遭ったよ。踊ってたらお母さんに会ってくれって言われてさ…」
「お母さん? あっ、そう言われたら見かけなかったね」
「最初は上にいるって言ってたんだけど、結局はそれは嘘でどっかに出かけてるんだって」
「そうなんだ」
「でね、やっぱりあいつ、ママって言うんだよ! お母さんのこと。気持ち悪!」
キラキラした恋の魔法が解けてしまっているペトラは、口をへの字に曲げて辛辣に言い放った。