第26章 翡翠の誘惑
エルヴィンが大公爵の嫡男であるレイの持つオーラに言及したそのとき、扉をノックする音がしてペトラが事情聴取から帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だったね。マヤと一緒に着替えなさい」
ドレスから兵服に着替えるには、背中のファスナーの関係で一人では無理だ。舞踏会が始まる前は、メイド長のサリーを筆頭に数人のメイドにかしずかれて着替えたが、今は主であるグロブナー伯爵およびカインの連行で屋敷内はてんやわんや、上を下への大騒ぎである。サリーたちが着替えを手伝ってくれるはずもなく。
そのためマヤは、ペトラが戻ってくるのを待っていた。
「ペトラ、行こう」
二人は連れ立って、控えの間に入った。
大きなクローゼットの中に、二人の兵服は綺麗に収納されていた。
「大丈夫だった?」
「うん」
ペトラは軽やかに返事をして、マヤに背を向けた。
「後ろ、お願い」
マヤはペトラの純白のドレスのファスナーのホックを外すと、さっと下ろした。
「はぁっ…」
ドレスを脱ぎ捨てたペトラは、大きなため息をついた。
「やっと脱げた! 終わった! カインの馬鹿!」
急に解放感が体の奥から湧き上がってきて、ペトラは飛び跳ねて叫んでいる。
「うん、終わったね」
静かに相槌を打ちながら、床に丸まって脱ぎ捨てられているペトラの白いドレスをマヤは拾い上げてハンガーにかけた。
「ほんと、えらい目に遭ったわ… あの変態!」
歓喜の舞が終わったあとには、ぷりぷりと怒り始める。
「マヤ、ファスナー!」
素直に背中を向けると、ペトラは怒りの感情のまま乱暴にマヤのドレスのファスナーを下げた。
「ありがとう」
「ううん。あっ、そうだ。私の方こそありがとうね、マヤ」
「ん? 何が?」
マヤは薄紅梅色のドレスをハンガーにかけながら訊く。
「マヤとオルオが来てくれなかったら、やばかった」