第26章 翡翠の誘惑
「……そうなんですね…。皆さん無事だったらいいけど…」
マヤは右手をあごに軽く添えて、目を伏せた。
「その情報からすれば、伯爵が関与している可能性が著しく高いな…」
エルヴィンの思慮深い声。
「ナイルもそう目星をつけていて、失踪事件は秘密裏に捜査していたらしい」
「伯爵も捕まったし、その箔職人たちが見つかったらいいっすね」
オルオはそう言ってから、やはりどうしても気にかかっていることを再びエルヴィンに質問した。
「でも団長…、やっぱり俺どうしてもわからないっすけど、レイモンド卿が変装してるってなんで見抜いたんですか?」
オルオは不思議で仕方がなかったのだ。
あのどう見てもモップ犬だった少々野暮ったい給仕が、光り輝く美男子だったなんて。
カインも大概、王都の貴族という肩書きにふさわしいキラキラした男だった。はちみつ色の髪、アイスブルーの瞳。ペトラが一時的に心を奪われてしまったのも致し方ないと思う。
だがあのモップ犬給仕… もといレイモンド卿とかいう泣く子も黙るらしい大貴族の息子は、カインなんか比べ物にならない、いわば別次元の美男子。ハッと心を奪われる月光を思わせる白銀の髪、鼻すじの通った彫りの深い顔。そして何より一度目にしたら決して記憶から消すことのできない翡翠色に輝く瞳。
しかしその眉目秀麗のレイモンド卿が変装していた姿は、美男子とはかけ離れた、もっさりとした目立たない男だった。
なぜエルヴィン団長は、正体に気づいたのだろう?
「レイモンド卿とはこれまでに幾度も顔を合わせているからね。まず廊下で見かけたときに歩き方でおや? と思って声をかけてみたんだ。すると彼の声ですぐにわかった」
「なるほど! 声か」
納得したオルオは、ぽんと手を叩いた。
「それに彼の持っている独特の雰囲気というかオーラは、隠し通せるものではない」