第26章 翡翠の誘惑
「そうっすか…。団長はあのモップ… いや給仕がレイモンド卿だって知ってたんですか?」
「あぁ。便所に行ったときに廊下で会ってね… 妙な変装をしているからどうしたのかと声をかけてみたんだ。するとミスリル銀にまつわる疑惑を聞かされて、一芝居打つから協力してほしいと。それですぐにリヴァイにナイルを呼びに行かせた」
「へぇ…。変装だったとは…」
エルヴィンの説明を聞いたオルオはレイの長い黒髪を思い浮かべた。
「どう見たって俺んちの近所の犬だったけどな」
「もう、オルオったらレイさんのことをまた犬って言ってる…!」
マヤがほんの少し、声をとがらせた。
「はは、確かにモップみたいな毛の犬に似ていたな」
エルヴィンが同調してくれたので、オルオは気分がいい。
「団長もモップみたいな犬を知ってるんですか?」
「子供のころ近所にいた」
「一緒じゃないっすか!」
思いがけないエルヴィンとの共通点に、オルオは大喜びだ。
「あの… 団長」
マヤが遠慮がちに呼びかける。
「どうした」
「気になっていたのですが、ナイル師団長の仰っていた “箔職人の失踪事件” とは…?」
「それは私も知らないんだ。リヴァイ、ナイルから聞いているか?」
「あぁ」
それまで壁に寄りかかって腕を組んでいたリヴァイが、会話に加わった。
「グロブナー家がミスリル銀を掘り当てて一年ほど経ったあたりから、箔職人が次々と行方不明になっているらしい」
「箔職人って…?」
リヴァイは訊いてきたオルオの方を鋭く見る。
「金箔やら、銀箔の職人だ。今回はミスリル銀箔だろうがな」
「……どうして行方不明になったんでしょう?」
リヴァイは次の質問者のマヤを見つめながら。
「箔職人の家族の証言では、皆がグロブナー伯爵に雇われてしばらくしてからの失踪らしい」