第26章 翡翠の誘惑
ゴトゴトゴトゴト… ゴトゴトゴトゴト…。
マヤは今、非常に気まずい雰囲気のなか馬車に揺られている。
白馬二頭がひく四人乗りの馬車。
レイが手配したもので、真正面にはレイ。真横にはリヴァイ兵長。
「マヤ、疲れただろう? 屋敷にはじきに着く」
「腹が減ったんじゃねぇか? なんでも作らせるから遠慮なく食いたいもんを言え」
「屋敷には広い風呂もある。ゆっくり入れ」
などとレイが何かと気を遣って話しかけてくるのだが、その都度、隣のリヴァイが睨みをきかせて、マヤはとても落ち着かない。
……どうして兵長とレイさんと私だけに…。
マヤは馬車に乗りこむまでの経緯を、ため息をつきながら思い返した。
ナイルが部下に的確に指示を出して、屋敷内の人間はすべて事情聴取を受けた。微に入り細に入り事こまかに聴取を受けた者もいるし、形式的にひとことふたことの者もいた。
調査兵団一行は、舞踏会が始まる前に通されていた応接間で待機している。ペトラ以外は全員が顔を揃えていてソファに腰をかけたり、壁際に腕を組んでもたれかかって立っていたりと、思い思いの姿勢でいる。
当事者であるペトラの事情聴取は思いのほか、時間がかかっていた。
「ペトラ…、大丈夫かな? 話しているうちに辛くなったりしてないかな…?」
心配そうにマヤがつぶやくと、オルオが笑い飛ばした。
「大丈夫だって! あいつ、芯が強いから今ごろ憲兵相手にパパ野郎の変態ぶりをまくし立ててるんじゃねぇの?」
「……だったらいいけど」
「ところでよ、今夜本当だったらここに泊まる予定だったんだよな? 伯爵たちは連れてかれたし、使用人たちは大混乱になってるし、どうなるんだ? 事情聴取が終わった貴族たちは、どんどん帰ってるみたいだけど」
オルオの疑問には、エルヴィンが答えた。
「レイモンド卿が今、使いを呼んでくれている。バルネフェルト家に世話になることになりそうだ」