第25章 王都の舞踏会
マヤは視線を絡めて放さない翡翠の魔力から逃れられそうにないと本能で感じた。
たった数秒、強い視線に囚われただけなのに。
「レイ、そろそろ…」
アトラスの声がして、レイはマヤからすっと視線を外した。
「あぁ、そうだな…。伯爵、ミスリル銀の贋物およびカインの暴行事件で今から憲兵を呼ぶからな、覚悟しやがれ」
「裏切られたと知った貴族たちは、伯爵に有利な証言とやらを積極的にはしないだろう。なぁ、伯爵?」
アトラスが面白がっている。レイが正体を明かしてからはずっと顔面蒼白で具合の悪そうだった伯爵の様子が、急に変わった。
「そうだな、好きにしたまえ。もう下にいる… いや、王都の貴族全員だってこの際かまわない。彼らの証言などどうでもいい!」
どうやらグロブナー伯爵は追いつめられ、腹をくくったらしい。
居合わせた誰もがそう思ったとき、伯爵の卑俗な声が部屋中に響いた。
「ここらの憲兵はな、全員懐柔してあるわ。地区長も含めてな!」
「なんだって?」
アトラスの声が焦っている。
「憲兵なんてな、握るものを握らせておけば意のままなんだよ」
「へぇ…。袖の下って訳かよ…」
今度はレイの声。焦ってはいないが、少々厄介だなという気持ちがにじみ出ている。
「はははは!」
伯爵の高笑いが復活した。
「私のように “できる男” はな、周到にポイントは押さえてあるものなんだ! はははは!」
憲兵を地区長から下っ端まで全員を買収していると、下卑た笑いを爆発させる伯爵。
「クソったれが!」
レイが怒りを爆発させたそのとき、今までずっと事のなりゆきを静観していたエルヴィンが口をひらいた。
「グロブナー伯爵。憲兵には確かに腐った輩も大勢いる。だが… 悪に染まることのできない不器用で誠実な男もまた、憲兵にはいることをお忘れです」