第25章 王都の舞踏会
「へぇ…。悪くない条件かもね…」
にやりと伯爵の口角が上がる。
「そうだろう! ではそういうことで取引成立…」
「な~んて!」
伯爵の取引成立という言葉を、アトラスは大声でさえぎった。
「俺が話に乗ると思った? あっはっは、そんな訳ないだろうが!」
「だが困るのは君なんだぞ。先祖代々伝わる門外不出のバルネフェルト家の秘宝を、無断で勝手に持ち出した罪がどんなに重いか…」
「あぁもう、しゃらくせぇな…」
今… 伯爵をさえぎったのは、機嫌の悪そうな低い声。
「えっ…?」
ずっと対決してきたアトラスが発した声ではない。グロブナー伯爵は、ゆっくりと声のした方向を見る。
「いい加減にしろよ。勝手に門外不出だの、持ち出した罪だの…」
かったるそうにつぶやいているのは、レイ。
「は? 何を言ってるんだね、君。頭がおかしいのか? アトラス君、使用人の教育はもう少しちゃんと…」
「オレがオレの家のもん持ち出して何が悪ぃ!」
そう吐き捨てるように言いながら、レイが自身の黒髪をがしっと掴む。
「てめぇに四の五の言われる筋合いはねぇんだよ!」
投げ捨てた黒髪のかつらの下から現れたのは、光り輝く銀色の髪。ランプの光をきらきらと反射して白銀に煌めく。そして流れるような美しい銀髪よりさらに目を引くのが、天空の星をすべて集めたかのような… この世のものとは思えぬ翡翠色の瞳。
「レ、レ、レ、レイモンド・ファン・バルネフェルト卿!!!」
絶叫した伯爵の口からは泡が吹き出ている。そのうち白目もむいて今にも失神しそうだ。
「ご丁寧にフルネームでどうも、アンリ・グロブナー伯爵」
皮肉たっぷりにフルネームで呼び返すと、レイはくるりとマヤの方を向いて口角を上げた。
「マヤ! あれ誰? あの超絶イケメン、誰!?」
ペトラがマヤの肩を揺さぶる。
「……わからない…」
マヤは翡翠色の瞳に射抜かれたまま、つぶやく。
黒髪の奥に垣間見えた深い翡翠色の美しい瞳。親切な給仕のレイさん。月夜のテラスで交わした言葉。
それが彼の… レイさんの、すべてだったのに。
黒髪の下から輝く銀髪が現れて、その神秘の緑の瞳の煌めきをもう、隠そうともしない。
……レイモンド・ファン・バルネフェルト卿…?
レイさん、一体あなたは誰なの?