第11章 紅茶の時間
その日はいつもと違った。
執務を始めてから小一時間が経ち、さて小休止を取ろうかとしたときにマヤは嬉しそうな声を出した。
「分隊長! 今日はね…」
鞄からガラスの瓶を取り出しながら。
「家から新しい茶葉を送ってきたんです」
「紅茶屋の実家からか」
「はい そうです! 父が新しくオレンジの皮と紅茶をブレンドしたんですって。早速淹れてきますね」
マヤが瓶を手に扉に向かおうとしたそのとき、ふわっと背後から抱きすくめられた。
「……えっ?」
マヤは一瞬何が起こったかわからなかったが、自分の胸の前にミケの腕が交差しており、左耳のすぐ横からかすかな息遣いを感じることで状況を把握した。
「……分隊長…?」
……スンスンスンスン…。
「あ…」
ミケがマヤの髪に顔をうずめ、匂いを嗅ぎ始めた。
今まで何度もされた行為ではあるが、密着されるのは初めてだ。
……分隊長、どうしちゃったんだろう?
マヤは戸惑っているうちに拒絶するタイミングを逃してしまい、棒立ちになっていた。
……スンスンスンスン…。
「マヤ」
嗅ぎながらミケは、器用にマヤに呼びかけてきた。
「は、はい…」
「新しい紅茶なんだって?」
嗅ぐという息を吸う行為とささやくという息を吐く行為を、自然に呼吸するように交互におこないながら、ミケはマヤの胸元の前で交差した腕をほどき、紅茶の瓶をそっと掴んだ。
「はい… そうです…」
ミケは優しくマヤの手から瓶を取り上げると、ふたをまわす。
パカッとふたがひらくと、オレンジと紅茶の香りが弾けた。
……スンスンスンスン…。
瓶をマヤの左頬のあたりまで持ち上げ、ミケは心ゆくまでそのフレッシュな香りを堪能している。
マヤは背後から抱きしめられている格好に抵抗はあったが、相手は心から信頼しているミケ分隊長である。
下心などなく、ただ純粋に紅茶の香りを嗅ぎたがっているに違いないと考え、されるがままになっていた。
……スンスンスンスン…。
顔のすぐ横に紅茶の瓶を挟んでミケの顔がある。
ミケは紅茶を嗅いでいるはずなのに、その近さゆえにマヤは自分の左耳を匂われている感触が拭えなかった。