第25章 王都の舞踏会
グロブナー伯爵の顔が怒りで赤黒く変わっていく。
「アトラス君、さっき今なら君を許すと言ったが、もう我慢ならない。名誉毀損で訴えるから、そのつもりで」
だがアトラスは全く意に介していないようだ。
「かまわないよ? そんなえらそうな態度でいられるのも今のうちだと思うけどね。さぁ、そろそろ始めようか」
「……始めるとは…?」
伯爵の声の響きには、猜疑と不安が交錯している様子がありありと。
「もちろん、ぶっ壊すのさ!」
「冗談だろう? そもそもミスリル銀でできているんだ、壊せる訳がない」
「親父に相談に来た貴族は大金をはたいて手に入れたミスリル銀の装飾品を、その安さから品質に疑いを持ってはいるが、どうしようもできないでいるんだ。せいぜい鑑定士に見せるくらいで。それに “もったいない” だけが行動を起こせない理由ではない。もう一つ、大きな理由がある。それは “ミスリル銀” だからこそだ。知ってのとおりミスリル銀は鋼を凌駕するしなやかな強さを持っている。鋼の剣より強くて硬いんだ。実際問題、要するに、ミスリル銀の加工品を物理的に破壊できないという訳だな」
アトラスはそこまで一気に伯爵を見つめながら話すと、視線を手元の剣に移した。
「それにこれは俺の想像だけど、コーティングしてあるといっても、あまりに薄いとメッキが剥がれる恐れがあるから…、ある程度の厚みを持たせてあるはず。ミスリル銀箔を幾層にも重ねてな…。だとすれば、唯一無二の強さと美しさを持つ極上の金属を破壊どころか傷をつけることすら、かなわないだろう」
どこか淋しそうな風情のアトラスの顔。
それを勝手に彼の敗北かと勘違いして伯爵は、愉快そうに笑った。
「はははは! なんだかんだと君の方こそ “えらそうな態度” でいたけれど? 結局はミスリル銀であるかぎり、手出しできないということなんだろう? よくもまぁ “ミスリル銀をぶっ壊す” なんて大風呂敷を広げたもんだな。恥を知りたまえ!」