第25章 王都の舞踏会
……よしっ! ロンダルギア家が買ったぞ!
グロブナー伯爵は危うく心の声をそのままに、叫びそうになった。
まだだ。今はまだ買うという口約束。きちんと入金されるまでは、何食わぬ顔をしなければ。
しかし…。
駄目だ。頬が緩んでしまう。
このミスリル銀の剣…。
今まで貴族に売ってきた様々なもの…。ナイフだったり、首飾りだったり、耳飾りや腕輪に指輪。食器だったり、櫛や手鏡に加工したものまであるが。
そのなかでも圧倒的な大きさ、値だって比べものにならないくらいに高い。
さすがロンダルギア侯爵…。
いくら全権を息子に任せたとはいえ、この値のものを自らの目で確認することもなく、すんなりと購入するとはな…。
これで…。
これで念願の王都中心部に屋敷を構えられる!
こんな中心部から離れた辺鄙な場所ではなく、上級貴族が当たり前の顔をして幾つも所有しているタウンハウス。
ちまちまと小物を売っていたが、こうもたやすくこの金額のものが売れるとは。
一気に土地を買って屋敷をどんと建てられる金額。
もう馬鹿らしくて小物なんか売ってられるか!
次は公爵にでも話を持ちかけてみるか…?
うまくいけば王宮に近い一等地も夢ではないな!
グロブナー伯爵の皮算用は止まらない。
本人は気をつけていたつもりでも、やはり薔薇色の未来をあれこれと妄想していれば、その顔は誰が見てもにやけてしまっていた。
「……伯爵、……伯爵?」
気づけばアトラスが自分を呼んでいる。
「……すまない。少し考え事をしていた…」
慌てて、だらしなく緩んでしまっている頬をきりりと引きしめる。
「もうこれ、俺の好きにしていいよね?」
剣を右手から左手へ、左手から右手へと、ひょいひょいと軽く投げながらアトラスは笑う。
「それはもう…。確実にお買い上げならば…」
アトラスの剣の扱いに一抹の不安がよぎる。
仮にも王都中心部に屋敷を一軒建てられるほどの値段のものだ。
いくら彼が大侯爵の息子とはいえ、もう少し丁重に扱うものではないのか。
「失礼を承知で伺うが、ご購入にあたってお父上の最終確認などいらないのかね?」
「心配しなくていいよ。親父は今から俺のすることを全部知っているから」
「………?」
……今から俺のすること?
グロブナー伯爵の頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。