第25章 王都の舞踏会
グロブナー伯爵の顔が一瞬ではあるが、不快そうにひくひくと痙攣した。
「アトラス君、誤解を招くような言い方をしてもらっては困るよ」
「誤解? どこが?」
「ほら、売りつけている… のところだよ。ひどい言いぐさだね。私は欲しい欲しいという皆の要望に応えているだけだよ? 現に君だって今日、その剣を買うのだろう?」
「どうすっかな…」
アトラスはうつむいて手中の剣をしげしげと眺めていたが、次に顔を上げたときには剣にも負けないほどに、その瞳は輝いていた。
「買う前に一つ、確かめたいことがある」
「なんだね?」
アトラスはキラキラと光っている剣をランプの明かりにかざしながら。
「この剣はミスリル銀の純度が100%なんだよね?」
「無論そうだとも」
「それなら何故、値引きを? 堂々と相場で売ればいい。伯爵の提示した額は、相場の七掛け程度だ」
「それは…」
グロブナー伯爵は狡猾な目つきをしながら、口元にいやらしい笑みを浮かべた。
「破格値でお譲りするとなれば、本来購入をあきらめざるを得ない方でも手にすることができる。大変喜んでいただけるのでね、なかば慈善事業のつもりで、我が利益を犠牲にした結果だよ」
言っている内容は立派だが、そのいやらしい目つきと声色のせいで信用ならない雰囲気が漂っている。
「あっそう。じゃあ買うよ」
「それはそれは! お買い上げありがとうございます」
……なんだ、これ?
オルオは、ペトラに対するカインの暴力事件のことなど、すっかりなかったかのようにミスリル銀の剣の商売を目の前でしているアトラスとグロブナー伯爵に違和感を抱く。
……このアトラスってやつ、味方かと思ったけど…。
どうやら、ただの伯爵の顧客じゃないか…。
オルオは落胆した。
そしてマヤとペトラも、目の前で始まったミスリル銀の取引に困惑し、不安そうに顔を見合わせている。
エルヴィンは一見無表情だったが、よく見れば、口の端が上がっている。そしてその碧い瞳もアトラスのものに負けず劣らず輝いていた。
レイだけは、その前髪のせいで目元が見えない。