第25章 王都の舞踏会
「そうしたら本当にいたんだな。兵服を着て、馬に乗って。どんなに僕が驚いたかわかるかな? ずっと夢にまで見ていた理想の顔が、僕のお姫様が、生身の人間として存在しているなんてさ。そうとわかったら、この僕の役に立ってもらおうと思うのは自然の流れだと思うんだな。なにしろ僕は、窮地におちいっていたんだから」
はぁっ… と大きなため息をつくカイン。
「当然、その小説の続編も僕の素晴らしい絵が使われるんだな。けれどさ、どうしても描けないんだ。アンが、花嫁姿のアンがレイプされるシーンの顔がな!」
「………!」
これから自身の身に起こる恐ろしい出来事が示唆された。
……私…、レイプされるの…?
「僕は紳士だからさ、そんな野蛮な行為とは無縁なんだな。だからレイプされて泣き叫んでいる女の顔なんて知らないのさ。でも神童、天才とうたわれたこの僕だ。なんとか想像したら描けると思ってやってはみたが、何枚描いても突き返されてさ。出版が延期されたとかで、作家にも文句を言われるし? 散々なんだ。でももう解決したも同然なんだな。だってそうだよね? 僕のお姫様と同じ顔の女がいるんだ。そいつをレイプして、その表情をそのまま描けばいいんだもんな!」
カインはまたもや、じゅるりと卑猥な音を立てて舌なめずりをする。
「さぁ、親切な僕の説明は終わりだよ? おかげで、なんでこんな状況になっているか、お馬鹿なお前でもよ~く理解できただろう?」
見下ろしてくるアイスブルーの瞳は、ぎらぎらと狂った欲望を滾らせている。
今度こそペトラの純白のドレスの胸元を引き裂くために、蛇のように右手が伸びてきた。
……もう… 駄目だ…。
ペトラは諦めて、この現実から逃避しようと強く目を閉じた。
すると。
「目を閉じちゃいけないよ? 怯えた瞳を描きたいから。ほら目を開けるんだ!」
そう怒鳴ってカインは、ぎゅっと閉じられたペトラの目を開けようと、パンッ!と思いきり平手打ちをした。
あまりの勢いに頬に詰めこまれていたポケットチーフが、口から飛び出す。
その瞬間をペトラは逃さなかった。
「助けて! 誰か助けて! 誰か…!」