第25章 王都の舞踏会
「才能もありあまると虚しいだけなんだな。僕はある日を境に、ひとつのものしか描かなくなった。何かわかるかな?」
ぶんぶんと首を振る。
きっと “天才の” 彼をわからないと答えつづけることが、このまま何も嫌なことをされないコツだ。
「お前は馬鹿だもんな。僕のことなんか何ひとつ理解できる訳がない」
カインは満足そうだ。
「女の顔だよ。僕の “理想のお姫様” さ」
「………!」
“理想のお姫様” という単語をわざとゆっくり強調したカインは、舌なめずりをした。
「天才画家の僕が描くお姫様は、それはもう可愛いんだな。これ以上の理想の顔はないと思うよ? 僕は来る日も来る日も描きつづけた。そんなある日、パパが夜会に呼んだ作家が僕のお姫様を気に入ったんだな! ぜひ自分の小説の挿絵に使いたいと懇願されてね…、僕は根が優しいし? こころよく引き受けたんだな。あぁぁ~、僕は本当に紳士だよ。本来、僕の絵は油絵だけでしか他人に渡したくはないんだけどね。油絵でもない? 庶民の娯楽の小説の挿絵? とんでもない話なんだけど、僕が優しいうえに、その作家がね、僕のお姫様の顔がイメージにぴったりで理想で最高だと、あまりにも褒めそやすから? 悪い気はしないんだな。だからOKしたよ」
ふぅっとカインはひと息つくと、また話をつづけた。
「その小説は売れに売れたんだな。当然だよね? 僕の理想のお姫様が表紙を飾っているんだから。次第にファンレターがその作家を通して僕のところに届くようになってさ。どの手紙にも僕のお姫様を可愛い可愛いと褒めてあったよ。当然だけどね…。おい、お前! 聞いてるか!?」
ひとり悦に入ってべらべらと語っていたカインが、ふっと自分が組み敷いているペトラの様子に気づいて怒鳴る。
ペトラは小刻みに震えながら、目を見開いていた。
“聞いているか!?” と怒鳴られて、必死でこくこくとうなずく。
口に押しこめられた白いポケットチーフはもう十分な量の唾液を吸って、ペトラは苦しくて仕方がない。
組み敷かれ、息苦しく、手錠で拘束されている手首も痛い。
現実だと受け入れがたい状況のなかで聞こえてくるカインの話。
……マヤが読んでいた本の絵の… 私に似てたあの絵の…。
ペトラはぼんやりと、その本のタイトルが思い出せないと思っていた。