第11章 紅茶の時間
「あぁ… 本ね…」
マヤの指さす方に目をやったペトラは、がっかりした声を出した。
「うん、今ね! すごいドキドキするところなのよ」
「それって、ニファさんの本だよね?」
「そう。面白いからって貸してくれたの」
「どんな話なの?」
本を読まないペトラが興味を示してくれたことに、マヤは少なからず興奮する。
「えっとね、アンっていう料理人の娘が、グッゲンハイム家で働くことになってね。そこの息子のアベルと恋に落ちる話なんだけどね…」
マヤは両頬に手を添えた。
「なかなか想いが伝わらなくてやきもきしてたんだけど、やっと気持ちを確かめ合ったと思ったら今度はアベルの親が猛反対で…」
「……割とよくある話だね」
ペトラは一瞬でも興味を持ったことを後悔した。
「私のあと、ペトラも借りたら? ニファさん “この本の面白さを広めたい!” って言ってたから絶対貸してくれるよ?」
「いやいい。本読んだら一瞬で眠くなってそのまま寝ちゃうもん。私が借りたら、永遠に返せなくなっちゃうわ」
「そっかぁ…。私なんか本読んでたらドキドキして、眠れなくなっちゃうけど」
「まぁ、人それぞれってことだね!」
ペトラは白い歯を見せて、ニカッと笑った。
「そうだね」
マヤも笑顔を返しながら、その本 “恋と嘘の成れの果て” を手に取った。
「でも見て。アンはペトラに似てるの」
マヤの差し出す本の表紙絵に視線を落としたペトラは、そこに確かに自分によく似た顔の少女の姿を認めた。
「ほんとだ…」
「でしょ? 髪の色も髪型も全く同じだし、この大きな目だってペトラと似てる」
ペトラはマヤから本を受け取ると、まるで自身に生き写しのような少女の絵をじっと見ていたが、急にパラパラとページをめくってすぐに手を止めた。
「……カイン・トゥクル…」
ペトラは本をマヤに返しながら、もう一度その名を口にした。
「この絵を描いた人、カイン・トゥクルだって」
「ふぅん… 作者は今売れっ子作家のセイレン・ファン・ホッベルだけど、画家は聞いたことないわね」
マヤはそう言いながら、本を机にそっと置いた。