第11章 紅茶の時間
夜に自室の扉がノックされたとき、マヤは本を読んでいた。
貧しい料理人の娘が貴族の屋敷で働くことになり、やがてそこの子息と恋に落ちるという… いわゆる王道のラブストーリーだ。
しおりを挟み本を閉じると、マヤは立ち上がって扉を開けた。
「来たよー!」
そう笑いながら部屋にずかずかと入ってきたペトラは、いつもどおりにマヤのベッドの向かいに腰かけた。
「本当は昨日来たかったんだけど… 午後の遠征がきつくってさぁ。もうお風呂入ってても眠くって! そのままベッドにバタンキューよ」
「ふふ、お疲れ」
マヤはベッドに倒れこむペトラの様子が目に浮かんで、思わず微笑んだ。
「……でっ!」
ペトラが身を乗り出してくる。
「……で?」
マヤはすでに、ペトラの勢いにのまれている。
「もう! わかってるでしょ! オルオから聞いた。兵長と飛んだんだって?」
マヤは内心きたか…と思いつつ、苦笑いを浮かべた。
「……うん、まぁ…」
「いいなぁ!」
「全然良くないよ」
「なんで!?」
「だって森に行ったらいきなり兵長がいて、訳がわからないまま追いかけられたのよ」
ペトラは胸の前で両手を組んで目を輝かせる。
「私も兵長に追いかけられたい!」
「すごく怖かったんだよ? 追いつかれたときは、なんだか兵長の体から蒸気が噴き出てるみたいな感じで…」
「あ…」
短く発したペトラの声に、マヤは首を傾げた。
「ん? どうしたの?」
「本気出したんだ…」
「ん?」
「私… その蒸気出てるみたいな感じの兵長知ってる。この間の壁外調査でね、奇行種の群れに襲われたとき兵長が一人で五体を一瞬で片づけたんだけど…」
マヤは思わずペトラの話を遮ってしまう。
「奇行種五体を… 一人で一瞬…?」
「うん そうだよ」
「ペトラ… そんなこと言ってなかったじゃない」
いつも兵長の活躍を事細かに教えてくれるペトラが、奇行種五体を一瞬で倒す偉業を全然言わなかったなんて変だ。
マヤはそう思い、眉根を寄せる。
「うん…。マリウスが亡くなったじゃない? なんか言える雰囲気じゃなくってさ…」
「あ…」
今度はマヤが、短く声を出した。
「ごめん…。気を遣わせちゃってたんだね」