第2章 芽生える
「ペトラ、待て」
俺からの指示を確認して去ろうとした彼女を、気づけば呼び止めていた。
「朝の話だが…」
「はい?」
ペトラは怪訝な顔をしている。
俺は少し躊躇したが、言葉を継いだ。
「……マヤは、マリウスとつきあっていたのか?」
俺の問いかけはペトラにとって全く思いもよらぬものだったらしく、一瞬その薄い茶色の大きな目を見開いた。
「えっと… つきあってませんよ。マヤとマリウスは幼馴染みだったんです」
黙っている俺の方をチラッと見て、ペトラはつづける。
「マリウスはマヤの顔を見るたびに好きだ好きだって言ってましたけど、マヤは全然相手にしてませんでした。もう言われ慣れてるって感じで… 聞き流してました」
「……そうか」
それ以上俺が何も言わないのでペトラはぺこんと頭を下げて、今度こそ去っていった。
……俺は一体、何をしているんだ?
全く訊く気などなかったのに無意識のうちに呼び止め、マヤがマリウスとつきあっていたのか?… など、一兵士のプライベートなことを訊いてしまった。
……こんなことは初めてだ。
ペトラがその場からいなくなったあとも俺は、しばらく立ち尽くしていた。
食堂に足早に向かいながら、ペトラは今のやり取りが胸に引っかかっていた。
……あの兵長が、部下の個人的なことに関心を示すところなんて初めて見た…。
部下といってもマヤと兵長は、ほぼ接点が皆無といっていいし…。
私がリヴァイ班に編入してからまだ日は浅いが、兵長が兵士の色恋沙汰に興味を持っているところなんて見たことがない。
訓練の合間の休憩や談話室で、リヴァイ班のみんなでわいわいと誰と誰がつきあっているんじゃないかとか、※※は絶対※※に気があるとか噂話をしていても、兵長は全く興味がない様子だった。
……その兵長が “マヤはマリウスとつきあっていたのか?” ですって?
そんな疑問を頭の中でぐるぐると渦巻かせながら、ペトラは食堂に一歩足を踏み入れた。
昼食を取る人で、食堂はごった返していた。
きょろきょろと見渡して、ニンマリと笑う。
ペトラは今一番話したい人を、難なく見つけた。
「マヤ!」