第10章 オリオンとアルテミス
リヴァイが戻ってきたことを知り、オリオンは嬉しそうにいなないた。
「よぉ… 今日は随分と機嫌が良かったじゃねぇか」
そう声をかけながら鼻すじをかいてやる。
ブブブブ…。
気持ち良さそうに鼻を鳴らすオリオンにリヴァイが目を細めたとき、足音が聞こえた。
振り向くと、ヘングストが立っている。
「リヴァイ兵長、おいでじゃったか」
「あぁ」
ひとこと返すとヘングストに背を向け、オリオンの鼻をまたかき始めた。
その姿勢のまま、独り言のようにぽつりと。
「今日は… ことのほかこいつが上機嫌だった。爺さんの世話がいいからだろう… すまねぇな」
ヘングストは笑いながら否定した。
「いやいや兵長、それは違うんじゃ」
「あ?」
折角自分なりに礼を述べたつもりなのに即座に否定され、リヴァイは眉間に皺を寄せながら振り返った。
「オリオンがご機嫌じゃったのは、好きな娘ができたからじゃ」
ヘングストの言葉に一瞬疑問符が浮かんだリヴァイだったが、すぐに牝馬に一目惚れでもしたのかと納得した。
「そうか」
オリオンの方に体を向けようとしたリヴァイを、ヘングストのひとことが引き留めた。
「マヤじゃ、兵長」
「あぁ?」
先ほどの “あ?” より何倍も訝しげに、それは放たれた。
ヘングストは、昼休みの出来事を語った。
……マヤが厩舎に愛馬アルテミスの様子を見にきていたこと。
……話の成り行きでオリオンを一緒に見にいったこと。
……オリオンが最初はマヤの手に残るアルテミスの匂いで警戒を緩めたが、すぐにマヤ自身を気に入り、彼女のマッサージを受け鼻を鳴らしていたこと。
……オリオンに無口をつけ蹄洗場にひいていったのはマヤであること。
「オリオンは、すっかりマヤに参ってしまった訳じゃ」
「……そうか」
ヘングストの説明を聞き終えるとリヴァイはオリオンの方に向き直り、黙ってまた鼻すじをかき始めた。
「兵長、マヤとは親しいんで?」
リヴァイの背にヘングストが訊いた。