第10章 オリオンとアルテミス
小さくなるマヤの背を見ながら、サムとフィルは呆然としている。
「俺たちの立場は…」
二人はもしかしたらオリオンが扱いやすい馬に急になったのかもしれないと考え近づいてみたが、いつもどおりに威嚇されてがっくりと落ちこんだ。
それを見たヘングストは、大笑いしながら二人に種明かしをした。
「なーんだ、アルテミスの匂いがしたからか!」
「おい、今度べったりアルテミスの匂いをつけていってやろうぜ!」
手を取り合って喜んでいるサムとフィルに、ヘングストはため息をついた。
「お前らは、まだまだじゃのぅ…」
「は?」
「確かに最初は、アルテミスの匂いでオリオンのやつはなんだ?と思ったかもしれぬ。だがマヤに気を許したのはマヤ本人を気に入ったからじゃ。そんなこともわからんのかのぅ…」
「親方…」
「ほれ わかったら、さっさと仕事に戻れ!」
肩を落として厩舎に戻る二人を見送りながら、ヘングストはオリオンに話しかけた。
「そうじゃの? オリオン。お前はマヤを好きなんじゃな?」
ブルブルと鼻を鳴らすオリオンに目を細めながら、ヘングストは思った。
「馬は主に似ると昔から言うが…。さて一体どういうことかのぅ。面白いことになるかもしれんわい」
日も暮れ、遠征訓練に出ていたリヴァイ班が帰ってきた。
遠征訓練は馬場でおこなう馬術訓練と違って、壁内遠方にある巨大樹の森まで馬を駆り、帰ってくる訓練だ。
長時間の騎乗と班の連携の確認、そして何よりも馬の運動不足およびストレス解消を目的としている。
蹄洗場で馬装を解き、水を飲ます。怪我をしていないか異変はないか気を配りながら、汗をかいた全身を拭いてやり、ブラシをかける。
最後にひづめの裏もチェックして、詰まった泥や藁、おがくず等を掘って綺麗にしたあとは油を塗ってやる。
遠征訓練で疲れているリヴァイ班の面々は、この一連の作業を誰も口を利かず、ただ黙々とこなした。
訓練は馬の手入れを終え、それぞれの馬房に連れていったところで終了となる。
厩舎を出ると、あたりは真っ暗になっていた。
皆口々に疲れただの、腹減っただのと言いながら、兵舎を目指す。
エルドは厩舎に戻ろうとするリヴァイに気づき、声をかけた。
「帰らないんですか?」
「あぁ 俺は残る。お前らは帰っていい」