第10章 オリオンとアルテミス
オリオンの鼻をかいてやっているリヴァイの白い手が、動きを止めた。
「……何故そんなことを訊く」
背を向けたまま鋭く言い放つリヴァイに、全く臆することなくヘングストは答えた。
「兵長… わしら馬丁の間では昔から、馬は主に似ると言いますんじゃ」
「……馬は主に似る?」
「左様じゃ。馬は賢い動物でのぅ、己の主は己で決める。己が従うと決めた主を絶対的に信頼し、愛し、何があっても服従しますわい」
ヘングストの方に体を向けたリヴァイの目を真っ向からとらえ先をつづける。
「主への絶対的な愛と信頼と服従は、そのうち主との同化という形になり主の愛するものを愛し、主の忌むものは忌みますわい」
「ほぅ…」
「主と同化した馬は、そのうち顔つきまで主と似てくるのじゃ」
ヘングストはリヴァイからオリオンに視線を移し、穏やかに笑った。
「ほれ… 兵長とオリオンはこうして見ると、よく似ておりますわい」
眉間に皺を寄せながら、リヴァイは反射的に繰り返す。
「俺とオリオンが似ている?」
「そうじゃ、他を寄せつけない強さ… そうであるが故の哀しみを知っているその眼…。兵長とオリオンの眼の光は同じじゃ」
「………」
リヴァイは黙ってうつむいている。
「わしには… オリオンが兵長に思えて仕方ないんじゃ」
顔を上げたリヴァイにウィンクして言葉を継ぐ。
「オリオンがめずらしく心を許した相手はマヤじゃった。だからわしはてっきり兵長も、マヤに気があるのかと思ってのぅ!」
そう言いきると、ふぉっふぉっふぉと高らかに笑った。
「くだらねぇ」
リヴァイは笑っているヘングストを睨みつけるとくるりと背を向け、オリオンの首すじを撫で始めた。
「年寄りの戯言と思ってくだされ」
ヘングストは孤高の兵士の背中に向けて頭を下げると、仕事に戻るべく立ち去った。
遠ざかる足音を耳にしながら、オリオンを撫でる手に力をこめる。
リヴァイの頭の中をヘングストの声が駆け巡った。
……だからわしはてっきり兵長も、マヤに気があるのかと思ってのぅ!
今朝… 森で目にした美しく飛ぶマヤの姿が…、枝の上で震えていたマヤの顔が…、リヴァイの頭から離れない。
……チッ…。
眉間の皺をますます深くしながら、オリオンをいつまでも撫でつづけた。