第10章 オリオンとアルテミス
「そうですか… すごいね… オリオン…」
オリオンの首のツボを押しながら、声をかけつづける。
マヤは壁外調査で、オリオンを遠目でしか見たことがなかった。
……そんなすごい走りのオリオンを、この目で見てみたい。
マヤはぼんやりと、そう思った。
……オリオンに騎乗したリヴァイ兵長を、見てみたい…。
「え!?」
自分で自分の頭に浮かんだことに驚いてしまい、思わず大きな声が出てしまった。
「なんじゃ? どうした?」
「いえ… なんでもないです」
……やだ! どうして兵長を見てみたいだなんて思うのよ!
そう思いながらも、筋骨隆々としたオリオンにまたがり、颯爽と荒野を行くリヴァイ兵長の姿を、頭の中から消し去ることができずにいた。
「ここに来てからも結構大変じゃったがのぅ!」
マヤの心の内など知らず、ヘングストはさらに話を進める。
「とにかく誰も近づけんでな、わし以外。サムもフィルも手が出んかったわ」
サムとフィルとは、ヘングストと同じく調査兵団の厩舎で働く馬丁である。
「まぁ あんなヒヨッコどもには、手に負える馬ではないがのぅ!」
ヘングストはヒヨッコ呼ばわりしているが、サムもフィルも四十過ぎのいい大人である。
自分だけに懐いていたと得意そうなヘングストを少し可愛いなと思いながら、マヤは話を合わせる。
「オリオンは、どうしてヘングストさんに懐いたの?」
「そりゃマヤ、馬はな 賢い動物じゃ。誰に従うべきか、誰を愛するべきか… 全部わかっておるんじゃよ」
「そうなの? オリオン?」
マヤがツボを押しながらオリオンに訊くと、ブルルルッと鼻を鳴らした。
「ほれみぃ、オリオンもそうじゃと言っておる」
満足気に鼻の穴をふくらますヘングスト。
「誰も乗りこなせなかったオリオンだったが、あの日… リヴァイ兵長に初めて会った日…」
ヘングストは遠い目をした。
「最初は近づいてくる兵長に キュイィィンと高くいななき警告しておったがの、兵長が目の前に来るとピタッと鳴きやみ頭を垂れたのじゃ」
「兵長は… 何か特別なことでもしたの?」
「いや… ただオリオンと、目を合わせただけじゃよ」
「オリオン、あなたもよっぽど兵長が怖かったのね」
マヤはそうオリオンに笑いかけた。