第10章 オリオンとアルテミス
「いい子ね… とってもいい子」
マヤは優しくオリオンに声をかけながら、首すじを丁寧に撫でてやっている。
オリオンは、うっとりとした様子で目を細めていた。
「ヘングストさん、オリオンは他の子より大きいけど…?」
「うむ。オリオンは元々、高貴な一族のための馬だったらしいのじゃ」
ヘングストは誇らしげな目を、
「生まれたときから堂々たる姿で、特に秀でているのは… この毛並みじゃ」
オリオンに向けながら。
「同じ青でも目や鼻の周りや腹の下、尻などは褐色を帯びる個体もあるのじゃが、こやつはどこを見ても完全な漆黒」
マヤがヘングストが述べた個所に目をやると、確かに目鼻の周囲も腹の下も真っ黒だった。
「ここまで完璧な青毛は珍しいからか、その貴族も大枚をはたいて牧場に育成させていたらしいのじゃが…」
オリオンに向けていたヘングストの瞳は、悪戯っぽく光った。
「肝心の主になるはずの貴族に懐かなくてのぅ。貴族が様子を見にくるたびに反抗しておったが、ある日とうとう振り落とした上に蹴り殺しそうになったそうじゃ」
「まぁ!」
「馬は賢い動物でな… なんでもお見通しじゃ。金を出すことと馬を愛することは違うからの」
「……それで オリオンは?」
貴族をそんな目に遭わせて無事な訳がない…。
いやしかし… 無事だからこそ今、目の前にこうして立派に立っている訳だが…。
マヤは、話の続きが気になって仕方がない。
「当然 怒り狂った貴族によって殺処分されかかったのじゃがな…」
マヤは、ごくりと唾を飲みこむ。
「牧場主はオリオンを… いや牧場の馬すべてを愛しておった。自分の子も同然とな。しかし殺処分しないと自分の首が危ない…」