第10章 オリオンとアルテミス
ヘングストはアルテミスのいる厩舎の、三棟隣の厩舎に入っていく。
マヤはそこに、初めて足を踏み入れた。
ヘングストは、ずんずんと最奥を目指す。
ヒヒーン! ブルルル、ブルッブルッ!
彼が通ると馬たちが皆、にぎやかに鼻を鳴らした。
厩舎の一番突き当りにさしかかると、ひときわ大きな鼻息が聞こえてきた。
ヒヒーン! ブルルル、ブルッブルッ! ブシューッ!
「やぁ オリオン、お客さんじゃよ」
マヤは馬房にすっくと立っている大きな馬を、驚きの目で見上げた。
その馬は他の調査兵団の馬と比べて明らかに大きな体躯をしていた。平均体高が160cmの他の馬より威圧感がある。175cmはありそうだ。
キュイィィィン!
その大きな馬は、高くいななき前足を上げた。
「すまんのぅ… オリオンは、わしと兵長にしか気を許さんのじゃ」
「黒毛…?」
「いや、こいつは青毛じゃ。全身真っ黒で、その黒さは途轍もなく深い。艶やかな漆黒の毛並みは時として、青光りして見えるほどじゃ…」
「……そうですか… とても美しい…」
威風堂々と立つ馬に、魅せられるようにマヤは近づく。
「マヤ、近づいては駄目じゃ!」
ヘングストの声を背中に受けてもなお、マヤはオリオンに引き寄せられゆっくりと右手を差し出した。
「オリオン… 私はマヤ…」
マヤの右手が近づくと、鼻息を荒くしていなないていたオリオンの動きがピタッと止まった。
慎重にマヤの手の匂いを嗅いでいたが、急にブルルル、ブルッブルッ!と鼻を鳴らし始めた。
「オリオン、さわっていい?」
「よすんじゃ! マヤ!」
しかしヘングストの警告の声より早く、オリオンからマヤの手を鼻で優しく押してきた。
「ふふ… いい子ね」
ブブブブと甘えて鼻を鳴らすオリオンの鼻すじを、そっと撫でてやる。
「一体、どうなっておる!」
「ヘングストさん、この子… オリオンは、きっとアルテミスが好きなんです」
「あぁ!」
「私の手からアルテミスの匂いを嗅ぎ取って、それで受け入れてくれたんだと思います」
「そうじゃ、お前の言うとおりじゃ。オリオンはアルテミスと同じ牧場出身じゃ」
「でしょう?」
マヤは、心底嬉しそうに笑った。