第22章 一緒にいる時間
そんな心の変化になど気づいていないふりをしながら、紅茶をひとくち。
「ジャスミンに含まれるベンゼルアセテートという成分が、自律神経の緊張を和らげるからな。知らずと疲労とストレスのたまる執務の合間に飲むのには打ってつけだな」
「ベンゼルアテ…?」
耳慣れぬ単語にマヤが口ごもる。
「ベンゼルアセテートだ。ジャスミンの香りの成分の名前だ」
「へぇ…。なんでもご存知なんですね」
「爺さんの受け売りだがな」
かすかに自虐の響きが含まれるリヴァイの声色。
「……爺さん? あっ、前に言っていた行きつけのお店の?」
「あぁ」
「同じ紅茶のお店でも、うちとは全然違いそうな感じですね」
マヤの発言に “どういう意味だ” と眉を寄せる。
「だって、そんな難しい言葉…。オルオじゃないけど舌を噛みそうです。うちの父はきっと、ジャスミンの成分の名前なんか知らないだろうな…」
少し淋しそうな笑みを浮かべたマヤの顔を目の当たりにするだけで、ちくりと胸が痛む。
そのかすかな痛みを打ち消すように、リヴァイは性急に言葉を継いだ。
「言葉を知ってるかどうかより、いかに美味ぇ紅茶を作れるかが重要だろ?」
「ええ、それはそうですけど…」
まだ不安そうに瞳を揺らしているマヤに、リヴァイはさらに優しく。
「大丈夫だ。お前の父親の腕は確かだ」
「はい」
紅茶好きのリヴァイ兵長に言われると、心からそのとおりだと思えて安心できる。マヤは一瞬揺らいだ父への信頼を取り戻した。
「専門的な言葉は知らないだろうけど、父の調合する紅茶は間違いなく美味しいです。……ありがとうございます。兵長に腕は確かだ… なんて太鼓判を押されたら無敵な気がします」
マヤが明るい笑顔を取り戻したのと同時に、リヴァイの胸の痛みも消えた。
穏やかであたたかな気持ちに包まれた二人は、まるで呼吸を合わせたかのようにカップに口づけてマスカットジャスミンティーをゆっくりと飲んだ。