第21章 約束
胸に広がる気持ちは、あたたかで優しい。
俺がじっと見守る中、でけぇクロワッサンも食べ終えたマヤは、一本の瓶を取り出した。
陽光にきらめく綺麗な淡い紫色の葡萄水。
スクリューキャップをうまく開けられず苦戦していたので、代わりに開けてやると。
はにかみながら礼を言って瓶を受け取り、口をつけて飲み始めた。
パンを食っていたときと違って、瓶にふれているくちびるがいやに強調されている気がする。
もう、濡れたようにきらめいているくちびるしか目に入らない。
今ここから手を伸ばせば、くちびるにふれられる。
あの夜、医務室で眠っていたマヤのくちびるにふれた感触が忘れられない。
やわらかくて艶めかしい熱を持ったくちびる。ふれているうちに、それだけでは満足できなくなって指をマヤの内部へ侵入させた。初めてふれるマヤの粘膜。温かい舌と潤沢な唾液。
今ここで、あの夜のような不埒なおこないをする訳にはいかない。
マヤのくちびるに今すぐふれたい。奪いたい。
だがあの夜と違って真っ昼間の陽のもとで、いきなり合意もなく奪えば二度と俺に笑いかけてくれなくなるだろう。
だから俺は、マヤから瓶を奪う。
本当に奪いたいのは目の前のさくらんぼのようなくちびるであるのに、その代わりに瓶を。
さっきまでマヤのくちびるがふれていた瓶に口づける。
口の中に流れてくる葡萄水は思っていたよりも甘美だ。それはきっとマヤの唾液もまじっているから。
ごくごくと飲めば飲むほど、甘くて狂おしい。
「……悪くない」
これだけでは俺は、俺の欲望は、満足できない。
黙って瓶をマヤの手に押しこむ。
瓶を持ったままマヤは急に顔を赤くして、かたまってしまっている。
……何をしている。早く飲めよ。お前が瓶に口づけたら…。
俺の視線に負けたのか、マヤはようやく瓶に口をつけた。
俺のくちびるがふれた瓶を、マヤのくちびるが吸っている。わずかな量に違いないが確かに唾液の交換もおこなわれた。
マヤが葡萄水を飲み干すころには、仄暗い悦びが俺の全身を支配していた。