第21章 約束
人のことを、なんでもわかっているような顔をして余裕の表情で構えているエルヴィンの姿が脳裏に浮かび、苛立ちの感情すら生まれてくる。
単純にマヤのそばにいたい気持ち、訳もわからず跳ねるように打っている心臓、楽しい会話ひとつできない自分が情けなく、それとは対照的な口達者の男の顔が浮かんでは焦っている。
ぐちゃぐちゃの想いを抱えたまま、ただ隣に座るマヤを見つめることしかできずにいた。
そんな乱れた心を救ったのは誰でもない、目の前のマヤ。
頬を紅潮させたまま両手に持った丸いクリームパンをじっと見つめて黙っていたが、ぎゅっとその大きな瞳を閉じたかと思うと “いただきます!” とパンを食べ始めた。
ひとくちパンにかぶりついた途端に、閉じたばかりの目をいっぱいに見開いて。喜びでいっぱいの笑みが顔に広がった。
はむはむとパンを噛んでは目を細めている様子は、あたかも小動物のようで愛らしい。
あまりにも幸せそうに食べている口元から目が離せないでいると、小さな舌が出てきて口のまわりのクリームをぺろりと舐めた。
……なんて美味そうに食うんだ、こいつは…。
俺はしゃれた会話ひとつできない。そんな自分の不甲斐なさに忸怩たる思いでいたが、そんなことは全くどうでも良かったんだ。
マヤが隣に座っているだけで。
幸福そうな顔をしてパンを食っているだけなのに。
たったそれだけのことでこうも、俺の気持ちを癒してくれる。
マヤはクリームパンをぺろりと平らげると、紙袋からでけぇクロワッサンを取り出した。半分食べないか?と笑顔で言ってくるが、俺はパンよりお前が欲しいんだ。お前の食ってるときの幸せそうな顔を見ていたい。
そんな些細なことが、湧き上がる喜びのみなもとになり得ると初めて知った。