第8章 紅茶屋の娘
ミケはその砂色の長い前髪越しのマヤに、優しく語りかけた。
「マヤ、大丈夫だ。リヴァイは結構わかりやすい」
顔を上げたマヤの表情には、疑念の色がありありと浮かんでいた。
「……わかりやすい? どこがですか?」
「俺はリヴァイが調査兵団に入った最初のときから、あいつを知っている」
「……はい」
「あいつは… ああ見えて…」
マヤはどんな言葉が飛び出るのかと、ミケの口元を凝視した。
「素直だ」
「す、素直!?」
マヤの頭には、恐ろしく機嫌の悪そうな顔をして腕を組んで立ち、睨みつけてくる兵長の姿しか浮かばない。そこには素直だなんて性質は微塵も感じられなかった。
ミケの言葉を受け入れられず口をパクパクさせているマヤの様子を眺めながら、ミケは遠い昔を思い出していた。
命を絶つべく振り下ろされたリヴァイの刃を、真っ向から受け止めたエルヴィン。
「くだらない駆け引き? 私の部下を、お前の仲間を殺したのは誰だ? 私か? お前か? ともに私を襲いに来ていれば、二人は死なずに済んだと思うか?」
苦渋の表情のリヴァイが言葉を絞り出す。
「そうだ… おれの驕りが… おれのクソみてぇなプライドが…」
「違う! 巨人だ!」
エルヴィンの力強い声が響く。
「巨人はどこから来た? 何のために存在している? 何故人間を食う? わからない。我々は無知だ。無知でいる限り巨人に食われる。壁の中にいるだけでは、この劣勢は覆せない」
エルヴィンは荒野を指さす。
「周りを見ろ。どこまで走っても壁のないこの広大な空間に、我々の絶望を照らす何かがあるかもしれない。だが壁を越えるのを阻む人間がいる。奴らは危険の及ばない場所で、自分の損得を考えるのに血眼になっている」
荒野に風が吹きすさぶ。
「無理もない。百年もの間壁に阻まれ曇ってしまった人類の眼には、向こう側の景色が見えていないのだ」
その風にも負けぬエルヴィンの声。
「お前はどうだ、リヴァイ。お前の眼は曇ったままか?」
傷ついた男に向けられたその声には、
「私を殺して、暗い地下に逆戻りか? 私たちは壁の外へ出るのを諦めない」
心を動かす力強い何かが秘められていた。
「調査兵団で戦え、リヴァイ! お前の能力は人類にとって必要だ!」