第8章 紅茶屋の娘
お湯を注いだあとマヤはきょろきょろとあたりを見渡したが、肩をすくめた。
「ある訳ないか…」
マヤは思う。
これからはミケ分隊長の執務のお手伝いで、ここでお茶を淹れる機会も多いだろうから愛用の道具を持ちこもうと。
その中には、今探した蒸らし時間を計る砂時計も含まれていた。
お盆にティーポットとティーストレーナー、ミケのマグカップ、自分用に客人用のカップを乗せ、執務室に戻った。
「お待たせしました」
立って窓の外を見ていたミケは、黙って席に着いた。
お茶のセットをテーブルに置いたあと、ソファに座って何もしないマヤをミケは訝った。
「……淹れないのか?」
「はい。蒸らしてます」
「蒸らす?」
「紅茶は蒸らし時間で ほとんど決まるようなものなんですよ」
「………」
「そんなに高級な茶葉でなくても、しっかり蒸らしてあげれば美味しいです」
時間が来たのかマヤは微笑みながら、ポットのふたを開けるとティースプーンで軽くかきまわす。
そしてポットのふたをし、ストレーナーを使ってカップに均等に注いだ。
「どうぞ」
マヤの流れるような仕草を興味深く見ていたミケの前に、美しく深みのある紅色の茶が置かれた。
いつものマグカップに入っているのに、まるで別物のようだ。
マグカップを手に取り、飲む前に思いきり香りを吸いこんだ。
……スンスンスンスン…。
「……これは…!」
ミケは思わず目を見開いた。
「マヤ、これは本当にいつもの茶葉なのか?」
「そうですよ」
その香りは上品で奥深さを感じさせると同時に、まるで可憐な野に咲く花のような爽やかさも通り過ぎる。
恍惚とした表情でその香りを堪能したミケは、そっとマグカップに口をつけた。
「………!」
紅茶をすすったのに何も言わないミケに少々不安になったマヤは、おずおずと訊いてみた。
「……あの… いかがですか?」
「美味い」
ぼそっとひとことだけつぶやきマヤに向けられたミケの目には、賞賛の色が浮かんでいた。
「良かったぁ!」
マヤは顔をほころばせ、自分も紅茶を口にする。
「うん… 美味しいです! 自画自賛ですがっ」
ぺろっと舌を出したその顔が、ミケにはまぶしくて。