第18章 お見舞い
仕事の邪魔をしては悪いと声をかけるのを一瞬ためらう。
と同時に、パン生地をこねる腕の筋肉に目を奪われた。初夏の今、ジムは半袖のシャツを着ており、生地を調理台に打ちつけるたびに発達している筋肉が躍動した。
……すごい…。パン生地作りって大変なんだわ。
実家の紅茶屋で、母が紅茶とともに出す菓子を焼いているのを幼いころより見てきたが、その生地作りはここまでハードなものではなかった。
マヤの視線に気づいたのか、無心で生地をこねていた手を止めた。
「……なんの用だ」
「あ、すみません。生地を作るのって迫力あるんですね。思わず見入ってしまいました…」
怒ったようにマヤを見ていたジムは、視線を己の手許に移す。
「こねた分だけ、いいパンができるからな」
ぼそっとつぶやいたジムの頬は心なしか赤い。
「いつも美味しいごはんをありがとうございます」
「いや…。食器はそこに置いといてくれ」
「はい…」
持っていたトレイを言われたとおりに置いたマヤだったが、少しの間迷ったのちに思い切って言ってみる。
「あの…、洗いますね」
そして食器を流しの方へ持っていこうとしたとき、怒鳴り声が飛んできた。
「余計なことはするな!」
思わず手にした皿を落としそうになったが、なんとか堪えたマヤは慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「もういいから出ていってくれ」
「はい…」
ジムの剣幕に為す術もなく出ていこうとしたマヤだったが、はっと気づいた。
……これだけは伝えなくては!
「ジムさん、りんごのうさぎさん… 嬉しかったです。ありがとうございました」
そうしてもう一度、深々と頭を下げた。
今度こそ出ていこうとしたマヤを呼び止める声。
「待ってくれ」