第18章 お見舞い
振り返れば、ジムが粉だらけの手をふきんで綺麗にして斜め後ろにある棚から何かを取り出している。
「ほらよ!」
ぱっと投げられた何かを反射的に受け取ったマヤは、目を見張った。
それは真っ赤な大きなりんご。
「お前が今日も来なければ、ペトラにことづけようと思ってた。見舞いだ」
「………!」
驚いて言葉が出ないマヤにほんの少し優しいまなざしを一瞬向けたジムは、黙って調理台に向かい再びパン生地をこね始めた。
「ありがとうございます…!」
もうジムは、二度とマヤの方を見ようとはしなかった。
マヤは大きな赤いりんごを大切そうに抱えて、厨房を後にした。
自室に戻り、もらったばかりの赤いりんごを黄色のガーベラの隣に置いた。
赤も黄も、元気の出てくる色だ。
執務室に来るように言われている16時までには、まだ時間がある。まずは部屋を綺麗にして、新たな気持ちで頑張ろう。
そんなフレッシュな想いでマヤは、壁外調査から帰還して初めての掃除に手をつけた。
留守にしていたのはほんの数日であっても、うっすら埃は積もるものだ。
丁寧にはたいて、かたく絞った雑巾で拭いていく。最後の仕上げには、バケツの水の中に普段からためている紅茶の茶がらを乾燥させたものを適量入れる。その水ですすいで絞った雑巾で拭き掃除をすると、紅茶の良い香りがほんのりと広がり、空気も清浄になった感じがするのでマヤは時間があるときの掃除はいつもそうするようにしていた。
「……よしっ。完了!」
執務室には時間に余裕を持って出向きたかったため、窓の掃除はできなかったが、それ以外は丁寧にやり終えた。
マヤは満足そうな表情で部屋を見渡すと、執務室へ行く準備を始めた。