第18章 お見舞い
お風呂から上がり、脱衣所でゆっくりと体を拭いて兵服を着る。
長い髪はいつもなら水気をさっと取って、あとは自室に帰ってから乾かしている。脱衣所には大きな横長の鏡が一枚あって、その前に籐で編まれたスツールが四脚ならべて置いてある。
そこに座って手早く化粧水を顔に馴染ませたりはするけれど、あまり長い時間を独占することはできない。いつでも女子にとって鏡の前は人気なのだ。
しかし今日は、誰もいない。
「ふふ、ここで乾かしちゃおうっと!」
ふわふわの白いタオルで軽く髪をはさんで水気を取っていく。ぽんぽんと軽く叩くように丁寧に。
髪が長いので結構時間のかかる作業ではあるが、マヤは髪を乾かす時間が好きだった。
それはいつも、大切な思い出にひたることができるから。
昔…、幼かったあの日。
ひとり泣いていた私を慰めてくれた人。髪の色を褒めてくれた人…。
その人の言葉がよみがえる。
「お嬢ちゃん、君は自由なんだ。あの鳶(とび)のように」
その背中にはためいていた自由の翼。
そう、その人は調査兵団の兵士だった。
……私がここにいるのは、あのときのあの人の言葉があったから。
今、どうしているのだろう。
もちろん入団してから、その人はいるのだろうかと思った。
けれども名前はわからない。顔も覚えていない。年齢も知らない。
一体、彼は何歳だったのだろうか。
十年前のあの日、六歳だったマヤには随分と大人に見えたその人は。
憶えているのは言葉と、夕陽に照らされて輝いていた金色の髪。
調査兵団の兵士である以上、存命はかなり厳しい。また今も兵士だとは限らない。
調査兵でなくなる理由が、いつも死だとは決まっていない。
憲兵団や駐屯兵団に移籍することもある。また年老いた家族の面倒を見る、家業を継ぐ、傷病のため…、様々な理由で “生きて” 退団することも少なからずあるのだ。
……名前も顔もわからない人だけど、どうかどこかで元気にしていますように…。
その人が褒めてくれた髪を乾かす自身の姿を映す鏡を見つめながら、マヤは祈った。