第6章 食堂の兵長
ペトラの置き忘れたハンカチに手を伸ばした中途半端な姿勢のまま、マヤはリヴァイ兵長と思いきり目が合ってしまった。
さらさらの黒い前髪の下からマヤを見ている瞳は、なんの感情もないようで。
実際は数秒のはずが、マヤには何十秒にも感じられた。
「……あっ あのこれ、ペトラが忘れていったみたいで…」
やっと声が出たマヤは、訊かれてもいないのに言い訳じみたことをつぶやきながらハンカチを掴むと、自分でも驚いたことにそのハンカチを兵長の前に置いた。
「すみませんが、ペトラに渡していただけますか?」
「あ?」
マヤは兵長の機嫌の悪そうなひとことで、自分がとんでもないことを口にしたと気づいた。
「ご、ごめんなさい! 間違えました!」
顔を真っ赤にして謝ると慌ててハンカチを引き取ろうとしたが、兵長もハンカチを掴んだので引っ張り合いになってしまう。
あっさり引っ張り合いに負けたマヤは、必死で謝った。
「申し訳ありません! そんなつもりじゃなかったんですけど… 本当にごめんなさい…」
鼻の奥がツンとして、涙がこみ上げてきた。怖くて顔を上げられない。
「……謝ってばかりだな」
耳に入ってきた兵長の声が思いのほかやわらかくて思わず顔を上げれば、まっすぐに見つめてくる瞳は心なしか笑っているように見えた。
初めて見る兵長の優しい顔に、マヤは唐突にペトラの「ちょっとやわらかくない?」という声が頭の中を駆け巡った。
「あっ…」
「なんだ」
「あっ いえ、ごめんなさい…」
「謝らなくていい」
「ごめんなさい… あっ!」
マヤは兵長と、顔を見合わせた。
「私、さっきからごめんなさいしか言ってないですね…」
「そうだな」
……リヴァイ兵長って笑うんだ!
よく見ないとわからないけれど、今絶対ほんのわずかだけれど笑った。
マヤはそう確信し、胸の奥底からものすごく幸せな気持ちが湧き上がるのを感じた。