第18章 お見舞い
アウグストはマヤが痛みを訴えている右の乳房の下からみぞおち、左の乳房の下まで満遍なく触診を終えると口癖である “ふむ” とつぶやいた。
圧痛(あっつう)は触診においてもっとも重要だ。患部を一定の力で押してみて痛みが出るかどうかで骨や筋肉の状態を推し量る。同時に患部が熱を持っているかの目安になる熱感(ねつかん)も診る。
……どうやら肋骨は折れてはなさそうだな。すじを痛めたか…。
「マヤ、羽織ってくれ」
ブラウスに目をやりながら指示をする。
「やはり骨折はしていないようだ。ひびが入った可能性は否定できないが…。恐らくこのあたりの筋肉…」
とアウグストは自身の胸の下あたりを触りながら説明をつづける。
「外腹斜筋(がいふくしゃきん)というのだが… それを痛めたんだと思う。患部の発赤や腫脹はわずかであるから軽度の筋挫傷だな」
「はい」
……折れてなくて良かった…。
マヤは内心ほっとした。骨折も筋挫傷もどちらも経験はないが、なんとなく骨折となると大変そうだからだ。
「ひびが入っているのでなければ数日で痛みはひくはずだから、そのときにはっきりする。言い換えれば数日後にもまだ痛いようならば骨にひびが入っているということだ」
「……はい」
今この場ではっきりと診断されないことに少々不安な気持ちにはなるが致し方ない。
マヤの力のない返事と表情から、アウグストはその心情をいともたやすく読んでしまった。
「ははは、頼りなくてすまないな。何せ外傷とちがって直接見えないからな…。身体の中を覗ける魔法でもあればと思うよ」
「そうですね」
無精ひげの顔を満面の笑みでいっぱいにしながら “魔法” なんて言葉を使うアウグストに、マヤは親近感を持って笑い返した。