第16章 前夜は月夜の図書室で
マリウス、マリウス、マリウス。
たったひとりの男の名前なのに。
ペトラはあのとき、マヤはマリウスとはただの幼馴染みだと言っていたが。
……だがペトラが知らないだけかもしれねぇし。
そもそも “つきあっている” だとか “恋人” だとか…、そんな形なんて関係ないだろ。
マヤがどう想ってるかが問題なんだ。
マリウス、マリウス、マリウス。
もうこの世にいないやつなのに。
何故あの月を見上げながら、そいつを想う?
マリウスを想って窓辺に立ち尽くしているマヤに目を奪われていると、誰かが音もなくすべりこむように入室してきた。
慌てて頭を下げ身を隠す。
入ってきた人物もランプを使わない。
……チッ、どいつもこいつも…。
俺は自分のことを棚に上げて内心舌打ちした。
そいつがまっすぐ窓辺のマヤへ近づいていく。
「マヤ!」
……この声… 確か…。
「ごめん、遅くなって」
……確か…、ラドクリフのところの… ザック・グレゴリーだな…。
「こ、こんなところに呼び出してごめん」
……お前がマヤを呼び出したのか!
こいつも、調査兵団名物壁外調査前日の告白をやるつもりか…。
それにしても呼び出されて夜のこんな場所へ、のこのこと一人で来やがって…。
危ねぇだろうが!
本当にあきれるほど無防備すぎる。全く何もわかっちゃいねぇ。
自分でも抑えられない苛立ちが胸に渦巻く。
マヤの声が聞こえてきた。
「それで…、マリウスの話って一体なんなの?」
……マリウスの話だと…?
ザックの野郎はマヤに告白とやらをするんじゃねぇのか。
またマリウス…。
マヤとマリウスは切っても切れねぇのか…。
ザックの口から、マリウスの何が語られるのか?
ソファに身を沈めたまま、俺は聞き耳を立てた。