第16章 前夜は月夜の図書室で
栗毛のアルテミスに寄り添うようにして眠っているマヤ。
ブルルル、ブルッ。
他の馬たちが鼻を鳴らす中、目の前の馬房だけが静寂に包まれている。その安らぎにあふれた光景から、リヴァイは目が離せないでいた。
うずくまる愛馬に添い寝している姿はひどく無防備で。寝顔があどけなくて。
白い肌にほんのり薔薇色に染まっている頬。長いまつ毛が影を落としていて…。すっと形よく鼻すじが通っていて…。ほんの少しひらいているくちびるは艶々と濡れていてぷっくりしている。
その無防備な寝顔に心を奪われて、身動きできない。
マヤが眠っているのをいいことに、食い入るようにその寝顔を見つめていると妙な気持ちになってきた。
夢でも見ているのか、マヤのくちびるがかすかに揺れる。その濡れた紅いくちびるを奪いたい。むしゃぶりつきたい。
もう長い間、女を抱いていない。
本来ならば明日の壁外調査までに一度は、どこかで欲を発散させているはずだった。
それが…。
身体が欲で疼いても。
今… 目の前で眠っている女… というよりはまだ半分少女のような女の顔が… 声が… 心に浮かんできて、どうしようもなくなって、身体の疼きよりもなぜか胸が苦しくなる。
そう、胸が苦しくて。
今だって。
くちびるに吸いついて無茶苦茶にしてやりたい欲望が頭をもたげたのに、もっと強い何かが自分の中でいっぱいに広がって、苦しくなる。
「……んっ…」
ふいにマヤのくちびるから、吐息が漏れた。
はっとリヴァイが我に返ると、強い視線を感じる。
アルテミスが優しいまなざしで見上げていた。
その瞳は主であるマヤへの深い愛情と信頼に満ちている。
「……明日は… お前がこいつを守ってやってくれ…」
そのささやきにアルテミスは了承したかのように、ぱちぱちと瞬きをした。
聡い馬に信頼の情をこめてうなずくと、リヴァイはくるりときびすを返し馬房から去った。