第16章 前夜は月夜の図書室で
厩舎に入り、アルテミスの馬房を目指して進む。
左右にびっしりとならぶ馬房から、馬たちのいななきが心地良く流れてくる。
ブーツの音をコツコツと響かせながら、リヴァイは考えあぐねていた。
……マヤか…。
どうしても最後に見たあの泣き顔が浮かぶ。
幾度頭の中で繰り返されたかわからないマヤの声。
……兵長は… “女なんて抱きたいときに抱ければいい” って思ってるんですよね?…。
正直なところ… あまり顔を合わせたくはねぇが…。
そんなことは言っていられない。万が一なにか問題が起こっていたら。
先ほどヘングストが話していた、馬に蹴られて倒れていた新兵の痛々しい姿がよみがえってくる。
もし、マヤに何かあったならば…。
そう考えただけでズキンと胸の痛みと焦りのような感情が心を締めつける。
絶対にマヤを酷い目に遭わせたくはない。マヤだけは何があっても俺が…。
そんな強い想いが湧き上がってくるが、否定するように首を振った。
……いや違う。
マヤだから… ではない。単なる部下の兵士の一人にすぎない。
兵士長として、部下の兵士には責任がある。
……ただ、それだけのこと。
何も声をかける必要はない。馬房のそばまで行き、問題が発生していないことを確認できた時点で引き返せば済むこと。そう心に決める。
いよいよ厩舎の奥の壁が近づいてきた。聞こえてくるのは馬たちの声ばかりで、人の気配はない。
……アルテミスの馬房は、この厩舎じゃねぇのか?
そう思いながら歩きつづけ、はたと立ち止まる。
……おい、嘘だろ…。
呆気にとられたリヴァイの視線の先には馬房の中でアルテミスに体を預け、眠りこけているマヤの姿があった。