第16章 前夜は月夜の図書室で
「そうじゃ」
フィルの答えに満足そうにうなずくと、ぐわっとヘングストはサムを睨んだ。
「風気疝は発酵し易い飼料の与えすぎ、さらに運動不足によって引き起こされるし、過食疝はお前の言ったとおり食べすぎ… すなわちこれも “与えすぎ” なんじゃ、結局は。厩舎で飼われとる馬はよっぽど体調が悪くなければ、飼い葉桶に入っている餌を全部たいらげるじゃろうて。身体に悪いからやめておく… なんぞ人間のすることじゃ。だから馬の食べすぎは、その餌を与えすぎた人間の責任なんじゃ」
「………」
黙って神妙に聞いているサムとフィルの様子に少し機嫌を直す。
「だからわしは、もっと粗飼料をメインにしろ、運動不足にならないようにしてやれと言っておるんじゃが、憲兵団の厩舎のやつらは聞く耳を持たん。なんでかわかるか?」
顔を見合わせる二人の弟子。
「わしはこう言われたことがある。“憲兵団の馬とあろうものに、みすぼらしいエサなんか食わせられるか” とな」
「なんだそれ…。人間の見栄のために…」
「そうじゃ、馬にはなんの罪もない。世話をする人間の了見ひとつで健康にも病気にもなる。本当に可哀想なのは、憲兵団の馬なんじゃよ」
「親方…」
サムの肩は小さく震えている。
「俺、間違ってました…。すんませんでした」
「わかったならいいんじゃ。お前の気持ちもよくわかっとるつもりじゃ。可愛い馬たちに人参や林檎を食べさせてやりたいと思うのは当然のこと。ただ… 憲兵団の阿呆をうらやましがったのは見過ごせんからのぅ」
ヘングストは優しい笑みを浮かべた。
「ここの馬たちは確かに滅多に贅沢はできん。じゃがな、主がくれる人参のかけらや角砂糖ひとつが、どんなに美味いか。ここに会いに足を運んでくれる主をどれだけ信頼しておるか。今日だってマヤが来たし、リヴァイ兵長もきっと…」
「……俺がなんだって? 爺さん」
その声にヘングストが振り返ると、リヴァイが静かに立っていた。